願い(狡噛独白)


狡噛side
PSYCHO-PASS本編最終話




「…貴様は、孤独に耐え切れなかっただけだ」


一面に広がる麦を掻き分けて、ただひたすらに突き進んだ。血の跡を追って前へ前へと走った先に佇む、ずっと追い続けていた男。

全てに満足したように両手を広げて空を仰ぐ男にゆっくりと近付き、後頭部にリボルバーの銃口を突きつける。


「孤独でない人間などどこにいる?誰も君の正義を認めなかった、君の怒りを理解しなかった。そんな君が、僕の孤独を笑うのか」

「…槙島聖護、」


 お前は分かっていない。俺は、孤独じゃなかった。


「私が手伝います。監視官としてではなく…一人の刑事として」


鮮明に思い出す、小さな笑顔。たった一人だけ俺の正義を信じてくれた。怒りに染まった過去を理解しようと手を握ってくれた。小さな体で、大きな心で、俺の後ろをついてきてくれた人がいた俺は、孤独なんかじゃなかったんだ。


「誰だって孤独だ…誰だって虚ろだ。もう誰も、他人を必要としない。どんな才能もスペアが見つかる。どんな関係でも取り替えが利く」

「…」


違う、俺には、たった一人だけ、かけがえのない存在がいる。


「そんな世界に飽きていた。なあ、どうなんだ?狡噛」

「……」


リボルバーの冷たい引き金は、ドミネーターよりも随分と小さくて重い。


「君はこの後、僕の代わりを見つけられるのか?」


右手の人差し指に力を入れる。


「…いいや。もう二度と御免だね」


腕に伝わる振動、湧き上がる火薬の匂い、スローモーションのように倒れる男。

今、俺が、槙島聖護を殺した。この手で。


「……終わったよ、亜希」


呟き、暗闇に染まる空を見上げる。

耳を澄まして、風に揺れる麦が立てる小さな音を聞きながら、目を閉じる。


「亜希…」


シビュラシステムで…法律で、人が守れないのなら、法の外に出るしかない。そう信じた俺を信じてくれたこと、そして手を差し伸べてくれたことを、絶対に忘れない。俺は一人じゃなった。槙島のように、孤独を感じることはなかった。
傍にいてくれた。たまに見せる笑顔が、とても愛しかった。


「俺は…」


そんな亜希に、正義を優先できる刑事になれと言ったのは俺だったのに。立派な刑事になることを望んでいたのに。

…右手に握ったままのリボルバー。小さく重い塊が圧し掛かる。これが罪を犯した重さ、執行とは違う、殺人という命を奪った行為の大きさ。

理由がどうであれ違法を犯した俺は今この瞬間…刑事を捨てたんだ。

俺は、亜希を道連れにするところだった。こんな闇を一緒に背負わせるところだった。こんなもの、俺だけでいい。

復讐に呑まれた俺は、刑事でなくなった俺は…誰よりも真っ直ぐな刑事だった亜希の隣にいる資格を、これで完全に失った。



結局亜希を見つけることが出来ないまま、俺は厚生省を離れた。とっつぁんのセーフハウスでリボルバーを組み立て、執行官用の腕時計型デバイスを破壊する時。未練がましく、でもこれが本当に最後だからと、亜希へ短いメッセージを送った。

亜希がいなくなってから、ずっと、何度も試みた通信。一度も繋がることはなかったが、このメッセージだけは届いてほしい。

でも、…厚生省を去り、刑事でなくなった俺が、消えてしまった亜希の行方を、メッセージが届いたのかを、知る方法は二度とないだろう。

今度こそ俺は本当に独りになった。でも大丈夫、いつでも記憶の中には、お前がいるから。


「…なあ、亜希」


こんな狭い監視された社会じゃなく、もっと広い自由などこかで。

…どこかで、生きていてほしい。非現実的なことと分かっていても、そうであってほしい。

いや、きっと生きてる。ありえないのに、何故だかそう思える俺は、ついに頭までイカレちまったのかな。


…笑顔で、いてほしい。

俺の隣でなくても、愛したお前が笑ってくれるなら、誰かがお前を笑顔にしてくれるのなら。

俺は、嬉しいから。

だから、どうか幸せに。

笑顔で溢れた日々を過ごしていてほしいと、願う。




20200708
補足:槙島さんは狡噛さんだけに執着していたのでラストシーンで亜希さんの名前を口には出しませんでした。


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