相性が良い二人


悲鳴、喧噪、泣き叫ぶ声が響く中、亜希と相澤と塚内の三人は騒ぎの中心であるショッピングモールに突入した。中心の広場には、“個性”を使って店を壊し、人を襲う多数の敵。

抹消を発動させながら操縛布を飛ばし、広場にいち早く到着した相澤は自身の“個性”を駆使しながら暴れ回る敵を倒していく。亜希も押し寄せる人の波を避けながら駆け抜け、ドミネーターを構えながら正面から突っ込んだ。

殴り掛かってくる拳を避け、顔面に膝蹴りを食らわせて気絶させる。直後に背後から振り下ろされた刃物をドミネーターの装甲で弾き飛ばし、力強い回し蹴りを腹部に打ち込んでから、逃げ遅れた人に襲い掛かっている敵にドミネーターの銃口を向けて撃った。
ほんの一瞬で三人の敵を仕留めた亜希は勢いのままに、次々と倒していく。

群がってくる敵に、気付けば背中合わせになっていた亜希と相澤。


「お前、本当に“無個性”か…?」

「…そうですけど、何か?」

「…いや、強くて結構。どうやら俺とお前の相性は良いらしい」


抹消を気にせず使えるからな。相澤は小さく笑い、再び敵に向かっていく。彼の言葉に返事はせずに、亜希もドミネーターを撃ちながら応戦する。

大方片付いた時、ふと漂う異臭に気付いた。空気が淀み、重く圧し掛かってくるような感覚。一瞬、亜希を襲う目眩。


「ガスだ!二人とも気を付けろ!!」


近くで避難誘導をしていた塚内の声が響く。ふらついた亜希を隣にいた相澤が支えた。


「口を抑えろ、意識を失うぞ」


相澤の言葉に亜希はドミネーターを持たない左腕で顔を覆う。ガスを操る“個性”を探せと言われて辺りを見渡した時、視界の端、ショッピングモールの出入口で一人の男が泣いている子どもを抱えて走っていく姿を捉えた。

その男は大きなガラス扉を蹴破り、去り際に何か黒い物を投げ捨てる。

あれは…!


「…伏せて!!爆弾だ!!」


亜希の声に塚内は逃げ遅れた人を庇うように身を屈め、相澤も亜希の体を抱える様にして物陰へと飛び込む。

直後、響き渡る轟音と大きく揺れる建物。瓦礫が弾け飛び土煙が舞い上がる。亜希が衝撃と全身を包む温かさを感じて目を開けると、視界一杯に広がる黒。


「…大丈夫か」

「…イレイザーさん」


頭上から聞こえる声に顔を上げて、驚く。亜希は相澤に守られるように抱き締められる形で倒れていた。慌てて起き上がると小さな呻き声を零す相澤。飛んできた瓦礫の破片が直撃したらしく、左足からは大量の血を流していた。
何も言えない亜希に相澤は一つ溜め息を吐いてから、彼女の頭をポンと撫でる。


「そんな顔するな。俺のミスだ。お前が咄嗟に反応してくれなきゃ今頃、全身吹っ飛んでるよ」


いつも自分のことを鼻で笑っていた相澤が初めて見せた優しさに、亜希は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「イレイザー!立花さん!どこだ、無事か?!」


塚内の声が聞こえ、相澤が「ここです」と返事をする。塚内は全身ボロボロだったが、大きな怪我はしていないようだ。
二人の姿を確認した塚内は「良かった」と呟き、相澤の隣に膝をつく。


「とりあえず止血しよう、痛むか?」

「俺は大丈夫です、それより逃げ遅れた人達は?」

「衝撃で気を失っているが全員無事だ。しかし…閉じ込められた。じきにガスが充満する」


今の爆発で、ショッピングモールの出入口が崩れて退路が絶たれてしまった。突入前に本部に連絡していたから助けは来ると思うが、長くは持たない。
そう言った塚内の言葉に、亜希はふらつきながら立ち上がった。そして、ずっと握っていたドミネーターを積みあがる瓦礫に向かって持ち上げる。

亜希の瞳に青が灯りドミネーターの形状が通常から変形して扇状に広がった。照準を瓦礫の中心に合わせ、引き金に力を込めて電子分解銃…デコンポーザーを放つ。

空気を切り裂く様な音を出す電磁波が真っ直ぐに瓦礫にぶつかった瞬間、トラックが通れそうな程に大きな穴が一瞬で開いた。途端に入ってくる新鮮な空気と冷気に、相澤が唖然と「すげーな…」と呟く。


「立花さん…助かったよ!」


塚内の感嘆の声を聞きながら、亜希は先程見た男を思い出した。あの男は、子どもを抱えていなかったか。子どもは泣いていなかったか。


「…一人、人質を連れて逃げたのを見ました」

「なんだと?」


 顔を上げる相澤に、亜希は頷く。


「爆弾を投げ入れた男です、子どもを一人抱えていた」

「クソ…助けないと、」

「イレイザー、その怪我で無理だ」


相澤は立ち上がろうとするが、傷の痛みに顔を歪める。塚内が制するように彼の肩に手を置いた。


「私が追います。塚内さんはこの現場と、イレイザーさんを医者に」

「何言ってんだ、ガス“個性”を持ってるかもしれねえんだぞ?お前が一人で行くのは危険だ!」


声を上げる相澤に亜希は視線を合わせ、小さく笑う。


「イレイザーさん、庇ってくれてありがとう。あの子は私が助ける」


そして、走り出した。


「…おい!亜希!!」


呼び止めるように叫ぶが亜希は一度も振り向くことなく、先程までふらついていたとは思えない程のスピードで大きな穴に向かって行き、あっという間に姿は見えなくなった。

塚内が無線で状況を外に報告している横で、亜希が初めて見せた笑顔に戸惑いを隠せない相澤は、思わず頭を抱える。


「…あいつ、あんな顔で笑うのか」


あんなにも、綺麗に。

呟いた彼の声は、誰にも聞こえなかった。




20200704


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