待ち受ける暗い未来
「え、ホントですか?」
「何度も言わせないでちょうだい。敵確保に時間が掛かっている現状を打破するには、立花亜希の存在を関係者に知らせて協力し合うのが得策だと考えただけよ」
「なるほど…」
早朝からヒーロー公安委員会に呼び出されたホークスは、会長の言葉に内心でホッと息を吐いた。
昨晩のコンビニ強盗の詳細について塚内に連絡したのが良かったのかもしれない。塚内は相澤と亜希が鉢合わせたことについて驚いていたが、「やはり同じ捜査チームには話そう、隠し通すのは立花さんにもヒーロー達にもストレスだ。俺が上司に話をつける」と、そう言ってくれたのだ。そしてすぐに上層部へと向かったのだろう。昨日の今日で本当に彼は仕事が早いし頼りになる。これで亜希も少しは動きやすくなるだろうし、人目を気にすることもなくなるはずだ。
「今日、警察本部で捜査チームの会議がある。そこに彼女も同行させて貴方も出席しなさい。説明は指揮を取る塚内警部がやってくれるわ」
「分かりました」
「…」
「…何です?」
会長は、じっとホークスを見つめる。
「…彼女は優秀な人物だと聞いている。“無個性”にも関わらず、それを感じさせない程の高い身体能力と判断力を持ち合わせているそうね」
「…はい。それがどうかしましたか?」
「この事件が解決したら、彼女を公安に引き入れなさい」
突然の言葉にホークスは唖然と目を見開いた。公安に…それはつまり、亜希を飼い馴らすつもりなのか。
動揺を悟られないように平然を装いつつも、自然と手のひらに力が入るのは止められない。
「…それは、ちょっと可哀想だと思うけどな」
「何を言っているの。この世界で行く場所のない彼女を引き取るのだから本人にとっても悪い話ではないはずよ。それに、世間に顔が知られていない彼女は良い工作員になる」
きっと亜希は、公安に入れと言ったら迷いなく首を縦に振るだろう。
「私が穢れて、みんなが安心できるようになるのなら、それでいい」
…そう言っていた彼女は、自分と同じ目をしていたから。
ホークスは会長を静かに睨む。悲惨な家庭環境下にいた自分を拾い、ここまで育ててくれたのは間違いなく公安だ。けれど亜希をこの狭い場所に囲うことはしたくなかった。
「…本人の意思を聞きたい」
「…情でも移ったのかしら?貴方も立花亜希も平和の礎になる駒よ。駒に意志なんていらない」
冷たい目で見返す会長に、ホークスは隠すことなく溜め息を吐く。
「…もう、今日はいいですか。会議に遅れる。亜希さんのことは追々でいいでしょ」
「そうね。今は何よりも事件解決が最優先。期待しているわ」
「……失礼します」
背を向けた会長を見ることなく足早に部屋を出たホークスは、扉を閉めた直後に思わず壁を殴った。当初は厄介な存在だからと亜希を自分に一任していたのに。亜希の価値が分かった途端に利用しようとするなんて…
この世界にいてほしいと願った。でも、こんな縛り付けるような形ではない。亜希を、こんな籠のような場所に閉じ込めるなんて、自分のように飼われるなんて、そんなことはしたくないのに。ただの駒である自分には何も出来ないのがもどかしくて、どうすればいいのか分からなくて、ただただ悔しい。
「…クソ」
誰もいない廊下に舌打ちを一つ零した時、スマートフォンが震えた。確認すると塚内からのメールで、ついさっき委員長が言っていた「捜査チーム会議」についての連絡。亜希は彼が連れていくらしい。
短い返事を送信したホークスは窓枠に足を掛け、警察本部へと飛び立った。
▽▽▽
本部の指定された会議室に向かうと、すでに部屋には十数人の警官と数人のプロヒーローがいた。その中には昨晩顔を合わせた相澤も座っており、ホークスに気付いた彼が自分の隣の空いている席を顎で指したのでホークスはそこに向かう。
「イレイザーさん、昨日はありがとうございました」
「構わん、気にするな。あの女は一緒じゃないのか?」
「あ、はい。多分もうすぐ…」
塚内と共に来るだろう、そう言おうとした時、タイミングよく会議室のドアが開いて二人が現れた。部屋に入ってすぐにホークスに気付いた亜希は隣の相澤を見て嫌そうな表情を浮かべる。
「おい見たか、あいつ今俺のこと睨んだぞ」
「…あはは…ちょっと見てなかったかな〜…」
最悪の出会い方をした相澤と亜希は、どうやら馬が合わないらしい。ホークスが笑って誤魔化している間に、塚内の号令で会議が始まった。
約一ヶ月前に起こった電気“個性”
全員が情報を共有した頃、塚内は亜希を紹介し始めた。
「この人は立花亜希さん。公にはされていないが七件目の被害者だ。彼女はこことは別の世界にいたが電気“個性”の過剰な個性使用に巻き込まれて、この世界にやってきてしまった」
塚内の言葉にざわつく室内。相澤ですら開いた口が塞がらないようで、亜希をじっと見ていた。「別の世界?」「どういうことだ?」という戸惑いの声が聞こえる中、塚内は「ちょっと聞いてくれ、みんな」と落ち着くように宥める。
「驚くのも無理ないと思う。“
落ち着きを取り戻した室内は再び静寂を取り戻し、それぞれが塚内の言葉を吟味するように口を閉じる。
亜希が元の世界では刑事であること、本人だけが使用できるドミネーターという電磁波を放つ銃を所持しており、電力を無限に貯蔵できるこの銃を犯人が狙ってくる可能性が高いこと。第一発見者のホークスと塚内の三人で、この捜査チームとは別に調査をしていたこと。目ぼしい情報は見つからなかったが、ブースト薬を作り出すという新たな敵を発見し、それが電気“個性”とも関係があること。
経緯と要点だけを簡潔に話した塚内は、亜希に視線を向ける。
「立花さんに“個性”はないけど、その辺の警察官よりよっぽど強い。彼女はこの世界に来てから警察の協力者として陰から多くの敵を捕まえてくれた。今まで窮屈な思いをさせてしまって、すまなかったね」
「い、いえ…」
突然の謝罪に、亜希は驚きながらも首を横に振った。つい昨日まで人と関りを持たないようにしていた彼女は、今朝、塚内から自分の存在を捜査チーム内で公表と言われ不安だった。でも、
「今日からは正式に、俺達の仲間として宜しく頼むよ」
「…はい」
最初は戸惑っていた警察やヒーロー達が、拍手をする。ホークスも小さな笑顔を浮かべながら手を叩いており、亜希はなんだか気恥ずかしいと思いつつ「よろしくお願いします」と全員に頭を下げた。
それからは、今後の対策ついての説明だった。
ブースト薬を過剰摂取した電気“個性”は一カ月が経った今、再び動き出すだろう。奴の目的は依然分からないが、人を電子分解させる厄介な能力だ。もしかすると自身も電流に紛れさせることが可能かもしれない為、捕まえるのは至難の技である。しかし、おそらくドミネーターを我がモノにするために襲いかかる時は姿を見せるはず。その瞬間を逃さず確保に踏み切る。
警察とヒーロー達は街を巡回する亜希を一定間隔で包囲し、彼女を一人にしないように注意、常時周囲の電線や電力の管理を徹底し追い詰めていく。
確実な情報は少なく、憶測が多い本作戦。しかし正体が分からぬ敵を捕まえる為の唯一の作戦でもあり、全員が賛同した。
要するに、亜希を囮にした陽動作戦だとホークスは思う。ドミネーターが誰にでも扱えるなら自分が代わりに囮になるのに。塚内も同じようなことを思っているらしく、黙って聞いている亜希を申し訳なさそうに見た。
「…立花さんは真っ向から犯人と対峙すると思う。誰よりも危険に晒される。こんな役目を押し付けてしまって…」
「気にしないでください。発見次第すぐにドミネーターで撃ちますから、私なら大丈夫です」
キッパリ言い切った亜希に、塚内は「頼もしいよ」と笑う。
亜希は強い。身も心も、きっと自分よりもずっと。
だからこそ、公安は彼女が欲しいのだ。
亜希がこの世界に迎えられたことは嬉しいし、良かったと思う。でも、彼女の先に待つ暗い影がどうしても拭えなくて。
会議が終わるまでの間、ホークスはずっと俯いていた。
20200701