存在認知
枕元でスマートフォンが鳴った。意識の半分が夢の中だったホークスは手探りで音の主を探し、眩しい画面に映る【塚内警部】の表示を見て慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし、おはようございます」
『おはよう。休みの日なのに朝から連絡して申し訳ない』
「いえいえ、久しぶりにゆっくり寝れました。昨日呼び出されてましたけど、塚内さんは休めました?」
『…………俺は大丈夫だ。そんなことより、テレビを付けてくれるかい?』
彼はまた徹夜だったのだろう、長い沈黙が物語っている。ホークスはリモコンを羽で手元に持ってきてテレビの電源を入れた。
「…これ、は……」
映し出されたニュース画面を見て、言葉を失う。
画面の左上の見出しには【巨大敵出現!ウイングヒーロー・ホークス大活躍!】という大きな文字、映像はホークスが巨体に風切羽を突き立てるシーンだった。
キャスターが「さすが速すぎる男ですね、出現から制圧までの時間はたったの数分です」だの、「あの敵は街を蹂躙したそうですが、死亡者は0!支持率がまた上がりそうですね」だのと話している。
『…見てくれたかな。ホークスにも立花さんにも悪いと思ったんだけど…上からは立花さんが映っているところはカットするように言われてね』
申し訳なさそうに言う塚内に「…まぁ、そうですよね」とホークスは小さく返す。
昨日、警察上層部に呼び出された塚内は、「【銃のようなものを持った女がビルから飛び降りて巨大敵を倒した】という動画がSNSで出回り始めている。直ちに消去し、メディアにはすり替えた映像を提供しろ」との指示を受けた。
街中に突如として現れた巨体は、自身の“個性”【肥大】をブースト薬で高め自我を失い街を蹂躙していたのだが、その様子にスマートフォンを向けていた者が少なからずいたらしい。
ヒーローでも警察でもない亜希の存在は、公にしてはいけない。ヒーロー公安委員も警察上層部も、電気“個性”を捕まえる為だけに彼女が必要なだけで、市民を混乱させる原因になり得る異世界の住人を受け入れてはいないのだ。
『…立花さんは、判断力も行動力も素晴らしい。この世界の警察官ではないけど彼女も刑事という立場にある。俺としては…せめて捜査チームの警察やヒーロー達には立花さんの存在を話してもいいんじゃないかなって思っているんだけどね。でも…上は首を縦に振ってくれない』
ホークスはテレビに映る自分の映像を見て、溜め息を吐いた。敵を攻撃したのはほんの一瞬だったし倒したのは亜希なのに、ニュースを見る限り自分が倒したように見えてしまうから、嫌な気分だ。
「…俺も同意見です。亜希さんは強いから一人で突っ込んでいく。ずっと隠し通すのは無理でしょう。市民はどこで見てるか分からないし、こんな小細工いつまでも通用しない。それに…塚内さんも誤魔化すの大変でしょ?」
『……うん。SNSは消しても消してもアップされるし、メディアが入手した映像データの編集も手がかかったよ…はは』
「あー…お疲れ様です…。でもおかげでSNSに亜希さんが映ってる動画はもう見当たらないですね」
ホークスは通話をスピーカーにしてネットを確認する。巨大敵に関する情報のほとんどがニュースと同じような内容になっており、どうやら塚内の努力が実ったようだ。
でも、こんなこといつまでも続けられない。亜希も人目を気にして過ごしにくいだろう。
『…また、上に掛け合ってみるよ。立花さんを認めてくれるように』
「…俺も、できる範囲で動いてみます」
通話を切って、スマートフォンをベッドに放り投げる。もうニュースは天気予報に切り替わっていて、ふと亜希はこのことを知っているのだろうかと考えた。彼女は名声などに興味は無さそうだが、こうも思いっきり自分の手柄を取られて良い気はしないだろう。
「…朝飯、食いに行ってるかな」
時刻は朝七時半。ホテルのレストランでバイキングを食べに行っているだろう彼女に会いに行くため、ホークスは寝間着からラフな私服に着替えた。
▽▽▽
「…朝から、よく食べますねえ」
「ホークス、おはよう」
「おはようございます。席、ご一緒してもいいですか?」
「うん」
予想通り亜希はレストランにいた。窓辺の席に一人でいる彼女の背後から近付いたホークスは、亜希の手元に広がるたくさんの料理を見てギョッとする。
焼き魚が三切れ、大盛りに盛られた大根と鶏肉の煮物、お椀から溢れ出しそうなワカメと豆腐の味噌汁。仕切りのある皿には卵焼きと、ひじきの炒め煮が山盛りに乗っていた。
二度見したホークスに気付いていない亜希は納豆をぐるぐると混ぜて、これまた大盛りの白米に乗せる。待つ気がないらしい彼女が小さく「いただきます」と言って箸を動かし始めたので、ホークスは急いでバイキング料理を取りに向かった。
若干の胃もたれを感じつつ、ヨーグルトとフルーツを適当に皿に乗せて亜希の前の座席に座る。
「それだけで足りるの?」
「…昨日、めっちゃ食ったじゃないですか」
疑問を浮かべる亜希にホークスは思わず呆れた声を出してしまったが、彼女は特に気にすることなく黙々と納豆ご飯を食べている。糸を引く食べ辛い納豆でさえも綺麗に口に運ぶ亜希をしばらく見つめて、ホークスもフルーツに手を伸ばした。
昨日、あれから、先日行った焼鳥屋に向かった。もう日付が変わる時間帯だったのにも関わらず亜希は一人で串焼きの盛り合わせと鳥鍋の二人前を完食し、絞めの雑炊まで食べていた。敵と戦って沢山の人を救助し、腹が減っていたのだろうが。どこにそんな胃袋があるのか疑問に思いつつ、つい自分も食べ過ぎてしまい現在胃の調子はあまり良くない。
二人の間に特に会話はないが、ホークスは久しぶりにゆっくりと食べられる朝食を味わった。ここに泊まるようになってからは朝食は適当に部屋に運んでもらっていたし食べない日もあった。福岡でも忙しない毎日を送っていたから、こうしてゆっくりと席について誰かと向かい合う朝食なんて、もしかしたらヒーローになってから初めてかもしれない。
納豆ご飯を食べ終わり味噌汁を飲み干した亜希は、自分をじっと見ながらフルーツを頬張るホークスの視線に気付いた。
「…何?」
「あ、いや、良い食いっぷりだなあ…って。和食好きなんですか?」
「うん。中華も洋食も好きだけど、ここのホテルはお味噌汁の具が毎日違って美味しい」
そう言って席を立ち上がった亜希は、おかわりするのか和食コーナーへと進んでいく。まだ食べるのかと驚くも、美味しそうに食べる亜希を見るのは気持ちがいい。
フルーツを食べながらぼんやりとレストラン内を見渡すと、自分達から離れた席に着いた男性が部屋の中心にあるテレビの電源を入れるのが見えた。映し出されたのは、ついさっき見た映像。
ちょうど亜希が戻ってきて着席し、テレビへと視線を向けた。【ウイングヒーロー・ホークス大活躍!】との大きなテロップに、「さすが速すぎる男ですね、出現から制圧までの時間はたったの数分です」と話すキャスター。
居た堪れなくなったホークスに、亜希は焼き魚をほぐしながら口を開いた。
「ヒーローって、芸能人みたいだね」
「え…まあ、芸能活動もしますけど…あの、亜希さん」
「ん?」
白米を口いっぱいに頬張る亜希は何も気にしてなさそうだが、ホークスは言いにくそうに、周りに聞こえないよう声を小さくして項垂れる。
「…亜希さんが敵を倒したのに、俺が横取りしたみたいになっちゃって…」
すみません。そう言うと、亜希は「え、何が?」と首を傾げた。
「なんで謝るの?手柄なんてどうでもいいし、私こそ目立った行動をして軽率だった。塚内さんが昨日呼び出されたのも私のせいでしょ?」
ニュースを横目に、悪いことしたな、と呟く彼女は、どこまでも勘が良い。
「塚内さんは…まあ、そうなんですけど。でも昨日の亜希さんの行動は正しい。最小限の被害で済みました」
「…でも、次からは気を付けるね」
そう言って、亜希は二杯目の味噌汁に口を付ける。
自分の存在を公にできない世界であっても、自分の存在を認められなくても、人々を守るため、刑事である彼女はまた無茶をするのだろうなとホークスは思う。
電気“個性”の敵を捕まえるまでの協力関係、それが終わって行く当てのない亜希がこの世界で気を遣わずに過ごせるように、何かできることはないかと考える。
そして、ふと、今日が丸一日休みだったことを思い出した。
「…そういえば亜希さん、今日は何するんですか?」
「ランニングとトレーニング」
「え?!」
せっかくの休みなのに?!そう驚いて少し大きな声を出すと、亜希もその声に驚いたのか煮物の大根を箸から落とした。
「…いつも休日は鍛えてるから。普通じゃない?」
「いや普通じゃないですよ!どこか行きたい所とかないんですか?」
「ないよ」
亜希から聞いた公安局刑事課もヒーローや警察のように激務だったはず。それなのに、たまの休日にまで自分を追い込んでいたのかとホークスは絶句してから、閃く。
「…じゃあ、俺とデートしましょうよ」
「…は?」
手をポンと叩いて満面の笑みを浮かべるホークスの言葉に面食らった亜希は、また箸から大根を落とした。
「俺、久々のオフだし羽伸ばしたいんですよね。だから一日付き合ってください」
「…久々なら一人でゆっくりしたら?」
「そんな冷たいこと言わないでくださいよ。何か美味い物も食いたいし」
「……」
「新鮮な海鮮丼とか、あ、パンケーキとかも食いたいな〜」
「……」
「一緒に行きましょうよ。手柄を取っちゃったお詫びに奢りますから」
ね?とホークスが言うと、亜希はしばらく考えて、小さく頷いた。
食べ物で釣った感はあるが、それでも誘いに乗ってくれて嬉しい。ホークスは早速スマートフォンを取り出して、海鮮やパンケーキの評判が良い店を検索し始めた。
20200628