安堵の瞳


叫び声の中心、そこで、一軒家ほどの大きさの巨大ヴィランが蹂躙していた。倒壊する建物の瓦礫が道行く人々に降りかかり、ホークスは羽を瞬時に飛ばして人々を避難させる。

道路を前進する敵は動きこそ遅いものの破壊力は抜群だ。ホークスは翼を羽ばたかせて巨体に近付き風切羽を勢いよく頭に突き立てるが、皮膚が分厚いのか大してダメージを与えられない。足元を見ない敵が一歩進む度に被害状況は悪くなるばかりで、近くにパワー系のヒーローはいないかと辺りを見渡す。

パトロール中のヒーローが数人いたが戦力になりそうな“個性”ではないようで、みんな救助を優先している。早く止めなければ、被害は広がるばかりだ。


「…どうにかせんと…」


小さく呟いた時、ホークスは視界の端で青い光を捉えた。振り返るとドミネーターを真っ直ぐに構えた亜希が巨大敵に向かって電磁波を放った瞬間で、敵と亜希の間にいたホークスの翼に電磁波が掠った。勢いのある光線に若干触れてしまった赤い羽が数枚、はらりと散る。電磁波が命中した巨体は、少し怯んだだけで止まらない。


「ちょ…ちょっと!俺に当たるとこだったでしょ?!」


ギリギリ当たらなかったから良かったものの、数日前に羽を消滅させられたホークスは思わず亜希に抗議する。しかし亜希はそんなホークスを無視して走り出した。


「次は仕留める」


そう静かに言って巨大敵に向かっていく亜希に、ホークスは大量の羽を救助や避難に使いながらも自身の足で駆け寄る。


「仕留めるって…一体どうするんです?麻酔銃は効いてないですよ?!」

「ここからだと距離があるから、もっと近付いて撃つ」


ふとホークスの頭に、鉄骨を跡形もなく消した電子分解モード…デコンポーザーがよぎった。


「…え、まさかアレ?アレ使うつもり?!」

「アレってデコンポーザーのこと?」

「そうそうデコポンなんとか!あんなの死んじゃいますって!」

「…デコンポーザーは人に使えない。それに、あれだけ図体が大きければ死にはしないと思う」


たぶん。
そう付け加えた亜希は速度を上げて巨体に近付いていく。無駄のないフォームで駆け抜ける彼女のスピードはもの凄く速く、ホークスとの距離は一瞬で広がり、あれだけ速かったら塚内が追いつけないのも無理はないと納得した。


「誰か助けて!」


背後から聞こえた声に振り向いて、叫び声の主を救助する。踏みつぶされた車に取り残された人や、瓦礫にぶつかって蹲る人。そこかしらから悲鳴が聞こえてきて、ついさっきまで平和だった場所が、一瞬で被災地へと変わってしまった現実に眉間に皺が寄る。


「羽がいくつあっても足りん…!」


迅速に羽を動かし続けるが被害は甚大だ。応援のヒーローはまだ来ないのかと思っていると、現場にパトカーが一台猛スピードで突っ込んできた。転がるように運転席から降りてきたのは、塚内。


「ホークス!状況は?!」

「急に巨大敵が現れて…って、え?!」


簡潔に説明しようと前方を見たホークスは、言葉の途中で驚きの声を上げた。

巨体の進行方向前方にそびえる十階建てのビル、その外付けの階段を緩まぬスピードで駆け上がる亜希の姿を発見して思わず二度見する。ホークスにつられた塚内も視線を向け、同じく目をギョッと見開いた。


「え?!立花さん?!な、なんで、あんな所に、え?!」

「な、なんか近付いて撃つとか言ってましたけど…って、まさか…」


ホークスの予想通り、亜希は何の迷いもなく階段の柵に足をかけて、そして…

飛び降りた。

ちょうどやってきた巨大敵の肩に綺麗に着地した亜希は敵のこめかみにドミネーターを突きつける。


「な、なんて身体能力なんだ…」

「塚内さん…亜希さんって“個性”ないんですよね?」

「う、うん、手術の時に検査をしたけど何も反応は無かったってカルテに書いてたよ…」


走るスピードも、階段を駆け上がる瞬発力も、飛び出す跳躍力も、“無個性”とは思えない程に高い。呆然とする二人に気付かない亜希は、瞳に青い光を灯して引き金を引いた。


「グッ…!」


呻き声を上げてふらつく巨体。至近距離で撃たれたにも関わらず、それでも倒れない巨体に亜希は即座にもう一度同じ場所に電磁波を放った。敵は白目を剥き、今度こそゆっくりとバランスを崩すように倒れる。


「…亜希さん!」


足場が崩れた亜希が宙に放り投げられる瞬間が見えたホークスは、背中に残る僅かな羽を最速で動かし身を乗り出すようにスライディングして滑り込んだ。落下する亜希をギリギリで受け止めたホークスは、巨体が倒れた衝撃で立ち上がる土煙の中、腕の中に抱き留めた亜希を思い切り睨む。


「危ないでしょうが!なんて無茶苦茶なことするんだ!」

「…ホー、クス」

「翼も命綱もないのにビルから飛ぶ?!あそこ四階でしたよ?!」

「…困っている人を放っておけない、って、大変だね」

「へ?」

「…ホークスのおかげで、助かったよ」


まるでホークスを押し倒すような形で落下の衝撃を免れた亜希は申し訳なさそうにしながらも、少しだけ目を細めて笑った。先日見せた悲しい微笑みではなく、安堵に満ちた優しい目で。

大きな漆黒の瞳に、ホークスの呆気にとられた顔が映る。初めて向けられた彼女の本当の笑顔は僅かなものだが、見惚れるには十分だった。


「…無事で、良かったです」


なんとなく気恥ずかしくなって亜希から目線を逸らす。そんな様子を気にも留めずに亜希はホークスの上から立ち上がった。密着していた軽くて細い彼女の体が離れたことに若干の名残惜しさを感じつつ、彼も立ち上がる。

亜希はドミネーターを握っていない左手をホークスに見せた。


「これ、敵の首に刺さってた」


そこには、一本の注射器。あのブースト薬と同じものに見える。巨体の肩に着地した時に偶然見つけたと亜希は言った。ホークスは注射器を受け取り、驚く。


「…少し、中身が残ってますね」

「これで詳しい成分検査できると思う」


ドミネーターを腰のホルスターに仕舞った亜希は「救助活動をする」と言い残し、倒壊した建物へと向かって走っていった。

続けて、別方向から助けを呼ぶ声が聞こえる。ホークスは注射器を折らないようポケットに入れ、亜希の笑顔の余韻に浸る暇もなく、彼もまた救助へと向かった。




20200626


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