対極の世界


「も〜いきなり出ていくから驚いたよ!でも早速使ったんだね?!どうだった?問題なかった?!」

「…はい」

「それは良かった!あっ、でも電子分解モードを使ったせいで充電がもう無いね!ちょっと貸して!」


亜希とホークスは塚内に言われた通りにサポートアイテム会社に戻った。ほんの数分前、改造されたドミネーターの説明を聞いている時に塚内から「ヴィランが現れた!電気“個性”かは分からないけど俺達も行こう、ホークスは先に向かっている!」と言われた亜希が、まだ途中だった説明を遮るようにしてドミネーターを掴んで飛び出したせいで、発目は少しだけご立腹だ。


「うーん、発電機能が上手く動いていないようだな…これさえクリアしたら充電はそこまで減らないだろうけど…ここをこうして、ふむ…」


発目はドミネーターの銃口部分に何かのコードを挿しながらブツブツと独り言を言っている。前のめりで嬉々として改造する姿に亜希は若干引きつつも、腕は確かなのだろうとは思った。

塚内の説明を聞いた発目は、ドミネーターのモードを忠実に再現したのだ。

男を撃ったのは麻酔銃。パラライザーのような電磁波を放つ光線で、鉄骨を破壊したのはデコンポーザー、威力の強い電子分解光線だ。強い衝撃に耐えるように形状が変化するため発射まで多少の時間を必要とするところまで同じ。エリミネーター、つまり殺人銃のモードは危険だからと抜いているらしい。シビュラシステムの判定がないため、亜希の眼球には対象に狙いを定める照準のみが映し出された。

あとは、発電機能で無限に電力を生み出し貯蓄できるようになれば、電気“個性”をおびき寄せるモノになるのだろう。よく分からない工具でドミネーターをつついている発目を横目に、亜希は少し離れた場所で塚内と電話をしているホークスを見た。

彼のトレードマークのような赤い翼の大半が無くなっている。鉄骨の落下を食い止めるように支えていた羽は、亜希が撃ったデコンポーザーに巻き込まれて消えてしまったのだ。さすがに悪いと思い謝ったが、「休んだら生えてくる」とのことらしく、一先ず安堵する。


先程、塚内の言葉を聞いた亜希はすぐに現場に向かって走った。いつの間にか後ろを走っていたはずの塚内の気配が消えたがすぐに追いつくだろう思い、角を曲がったところで、ゆっくりと落下している大きな鉄骨が真っ先に目に入る。

赤い羽が、落下を防ぐように鉄骨の底に無数に付着していた。そしてその下方には巨大な男と、その男に押し倒されているホークス。すぐ近くには泣いている子ども達。

距離はあったが、走りながらドミネーターを構える。聞き慣れた音声が起動を知らせ、男の背中にドミネーターの照準を合わせた亜希は即座に引き金を引いた。音もなく発射された麻酔銃が横腹に命中した男が吹っ飛んだのを確認後、立ち止まってすぐに照準を鉄骨に合わせ、両手で狙いを定めた。

事前に発目から、「人以外のモノに向けて引き金を強く引いたら電子分解モードになるよ!外したら大変だからくれぐれも気を付けてね!」と説明を聞いていたため、照準を一寸の狂いもなく合わせて引き金に力を込める。本来のデコンポーザーと変わらない威力を放った電磁波により、鉄骨は跡形もなく消えた。

ホークスと子ども達の無事を確認した亜希は、倒れている男を完全に排除しようと近付く。このドミネーターに殺人銃は搭載されていないが至近距離で脳を撃てば絶命させることは出来るだろう。

犯罪者は病気で、不治の病だ。市民の安全のために犯罪者は殺すしかない。そう亜希は思ってきた。亜希の世界ではシビュラシステムが全て決める、数値で判断する。それがないこの場所でも、こんな男を生かしていても意味がないと亜希は思った。

…なのに。


「そうです、たぶんあの男が積み上げられていた鉄骨のロープを何本か斬ったんでしょうね。ロープの断面を調べてみてください、男の刃物と一致するはずです。怪我人は?…そうですか、良かった。ええ、分かりました。ではここで待機してます」


おそらく相手は塚内だろう。ホークスは事件の詳細をスマートフォン越しで伝えて通話を切った。横目で自分を見ていた亜希に気付き、こちらに向かって歩いてくる。

彼は、ヒーロー。誰もが憧れるであろう人々を助ける存在。今朝テレビで見たスーパーマンのようなオールマイトに、翼を自在に操るホークス。


「ヒーローは、人を殺さない」


ついさっき言われた一言は、彼らヒーローが、公安局刑事課とは真逆ということを示している。

どれだけ恐れられ忌み嫌われても、殺して物事を解決することは手っ取り早くて分かりやすいし、社会から危険因子を完全に消し去ることは悪いことではないはずだと、ずっとそう思ってきたのに。


「然るべき罰を受けてもらう。何も殺すほどじゃない」


一歩間違えれば、ホークスがすぐに駆け付けなければ、大量に人が死んでいたような事件を起こした奴が改心するとでも言うのか。また同じようなことをしでかすかもしれないのに、今度こそ人が死ぬかもしれないのに。


「…俺の顔に何か付いてます?」

「え…」

「いや…めっちゃ見てるから」


目の前までやってきたホークスの服は所々汚れている。ドミネーターのような武器を持たない彼はその身一つで日々戦っているのだろう。守るモノが多いヒーロー、それが、遥かに困難な仕事に感じた亜希は、


「…ただ、…」


本当に、おとぎ話の住人のようだと思う。

その言葉は口に出さずに、亜希は首をかしげるホークスをぼんやりと見つめる。


「(…犯罪者も潜在犯も、殺すことは…)」


正しかったのだろうか。

あまりにも違いすぎる価値観、社会の構造。そんな場所に突然放り込まれた亜希は今まで疑問に思わなかったシビュラシステムの在り方について考えてしまう。

そんな亜希の顔を、ホークスは覗き込んだ。


「…色々ありましたけど。でも、さっきは助かりました。ありがとう」


そう言って笑う彼の表情は、初めて言葉を交わしたあの時のような嘘くさいものではない。テレビ画面越しで見た、オールマイトと同じ笑顔に見える。

自分とはあまりにも違う存在の彼の瞳が、真っ直ぐな眼差しが、なぜか眩しく感じる。

亜希は「いえ」と小さく言って、その視線から逃げるように目を逸らした。



20200622


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