絶体絶命の瞬間


「立花亜希、別次元の人間…にわかに信じられないわね」

「俺もビックリしました。でもヴィランを見つけるには必要不可欠な存在です。しばらく行動を共にしようかと」

「そう…分かったわ。けれど、こんなことが世間に知れたらパニックになる。内密に動きなさい」

「了解です」


ホークスは一昨日の夜に亜希を発見してからの出来事を報告するため、朝一でヒーロー公安委員会本部へ。違う世界の住人を巻き込む電気“個性”ヴィランの脅威を感じた公安は早期の事件解決を目指すようにと念を押し、亜希に関してはホークスに一任すると告げた。

本部を出たホークスは空を駆けて警察病院に向かう。退院する亜希を迎えに行くためだ。塚内は昨日、亜希から受け取ったドミネーターを早速サポートアイテム会社に持って行って改造を依頼した。そして銃の性能や要望を事細かに説明するため夜通しの改造に塚内も立ち会い、今もなお続いているらしい。改造はほぼ完成したが動作確認が必要なため亜希を会社まで連れてきてほしいとのこと。塚内もサポートアイテム会社も仕事が早いと感心しながら、ホークスも速度を上げた。


病院に到着しロビーに入ると、ニュースを流している大きなテレビ前のソファーの端に亜希が座っていた。彼女はじっとテレビを見つめている。

タイトな黒のパンツスーツに紺色のジャケットを羽織った亜希は一見すると近寄りがたい雰囲気を醸し出しているが、テレビに釘付けになっているその横顔は驚きに溢れていた。

ホークスがそっと背後から近付いてテレビを見ると、オールマイトが銀行強盗をあっという間に逮捕した映像と興奮したアナウンサーの実況。右上のテロップには【No.1ヒーロー颯爽と現れ犯人逮捕!】と大きく映し出されている。


「あ〜オールマイトさん流石ですねえ」

「!」


感心したように言うと、声に驚いたのか亜希は大きく肩を震わせて振り向いた。ホークスはへらりと笑う。


「どうも。驚かせちゃいました?」

「いえ…」


軽く頭を下げた亜希の隣に座って、ホークスもテレビを見た。大人気ヒーローは相変わらず全国で活躍しており、人々は歓声を絶え間なく送っている。


「退院手続き、一人で出来たんですね」

「はい。塚内さんが連絡してくれていたそうで問題ありませんでした…あの、ホークスさん」

「なんです?」


亜希は再度、笑顔を絶やさないオールマイトを見て口を開いた。


「…ヒーロー、って、なんですか?」


ホークスはハッとする。昨日この時代や“個性”の説明した時にヒーローについて話すのを忘れていた。自分がヒーローだと名乗った時も確か「何を馬鹿なことを」と言われた気がする。


「…そういえば説明してなかったですね。ヒーローっていうのは“個性”を駆使してヴィランを取り締まったり、人命救助をしたりする職業です。この超人社会では“個性”の勝手な使用は禁止されていて、ヒーローの免許を持つ者のみだけが“個性”使用を許可されている」

「…ヴィラン、というのは?」

「この映像でいえば銀行強盗…要するに悪い奴のことです」

「…ヒーローは、警察とは別の組織になるんですか?」

「そうですね。警察はヒーローの上部組織です。ヒーローはヴィランの鎮圧や確保を、その後の逮捕や取り調べ、送検などは警察がします」

「へえ…」


ホークスの説明を聞いた亜希は画面の中で笑顔を絶やさないオールマイトを再度見る。「私が来た!」という彼の決め台詞は、人々に安心感を与える魔法のような言葉に思えた。


「この人はNo.1ヒーロー、全てをオール救うマイト、大人気ヒーローです」

「No.1…」

「毎年、上半期と下半期に発表されるヒーロー番付でのランキングです。事件解決数、社会貢献度、国民の支持率などを集計したものですね。ちなみに俺はNo.3です」

「え…」


ホークスが笑うと、亜希は驚いたように彼を見た。目の前の画面の中で映画の撮影のように動くNo.1に近い人物がこの優男だというのかと。そう訴えているような表情にホークスは思わず苦笑した。


「まあ、オールマイトさんに比べたら俺なんてまだまだですけどね。さあ、そろそろ行きましょうか」

「…はい」


ホークスに続いて亜希も立ち上がる。警察病院からサポートアイテム会社まで飛んだら一瞬だが、まだ出会って数日の彼女を抱えて飛ぶのは嫌がるだろうと思い、タクシーを捕まえた。

車内に流れるラジオは先程のテレビと同じ事件を取り上げており、オールマイトへの称賛コメントで溢れている。パーソナリティの男性が「今週だけで事件解決数がすでに三十件!」と興奮気味に語っており、その言葉を聞いた亜希がポツリと小さく言った。


「…この世界には、あんなすごいヒーローがいるのに…それでも事件は起こるんですね」


彼女は窓の外の景色をぼんやりと眺めながら、それ以上は何も言わない。ホークスはその言葉に曖昧に頷いて、彼も景色に目を向けた。





▽▽▽





「ホークス、立花さん、待っていたよ」


サポートアイテム会社に到着すると、目の下に隈を作った塚内が出迎えてくれた。彼と共に徹夜でドミネーターに向き合っていたという社員の発目はつめと名乗る男も出てきて、「君が持ち主だね!早速動作確認してもらうよ!改造と改良もしているから使い心地を是非試してくれ!」と興奮気味に話しながら亜希の手を引いて重厚な扉向こうの部屋へと入っていく。

その様子を冷ややかに見つつ塚内に視線を向けると、彼は大きな溜め息を吐いて床に座り込んだ。


「…あの人…発目さん、腕は確かなんだけどね…こだわりが強いというか何というか…ずっとあのテンションでいろんなこと試すから参ったよ」

「うわー…お疲れ様です」


ホークスは近くの自動販売機で缶コーヒーを買い、げんなりしている塚内に渡す。礼を言った塚内は無糖のそれを一気に飲み干し、伸びをするように体を伸ばした。


「でも、おかげでドミネーターはいい感じになったよ」

「すごいですねえ、たった一日で」


ホークスが感心した瞬間、地面が揺れる様な、何かがぶつかった大きな音が外から聞こえた。ここは会社の四階、二人が何事かと窓に近寄り確認すると近くの建設現場から煙が上がっているのが見える。どうやら高層階の枠組みから鉄骨が地面に落下したようだ。泣き叫ぶような声も聞こえ、ホークスは即座に窓枠に足を掛ける。


「先に行きます!」

「頼む、俺は救急車を呼んでから向かう!」


塚内の返答を背後で聞きながら窓から勢いよく飛び出したホークスは現場に直行した。鉄骨が落ちた衝撃で土煙が舞う中、目を凝らすと近くで何人か倒れている。幸いにも鉄骨の下敷きにはなっている人はいないが、落下の反動で飛んできた小石か何かにぶつかったのかもしれない、全員気を失っていた。

剛翼の一部を飛ばし倒れている人達を安全な場所へと移動させ、ホークス自身は落下した鉄骨を調べようと近付く。鉄骨を固定していたはずの太くて丈夫なロープが鋭利な刃物で不自然に斬られている痕跡を見つけた瞬間、鉄骨の陰から何かが飛び出してきた。


「グアアアアア!!」


野太い叫び声とともに振り下ろされた銀色に輝く刃。それをギリギリで避けたホークスは風切羽を両手に瞬時に構える。陰から現れたのは彼より一回り大きい男で、その目は焦点が定まっておらず口からはだらしなく垂れる涎。男の両手には刀のようなノコギリのような鋭利な刃物が握られており、すぐにそれがロープを斬ったのだと分かった。

男は訳の分からない言葉を発しながらホークスに突進する。飛び上がって男から距離を取ったホークスは視界の端でうずくまる子どもの集団を見つけた。全員幼稚園児のようで、集団登園していた最中だったのかもしれない。子ども達に気付いた男は、刃物を振り上げながら幼い集団に向かって走り出す。

子ども達を避難させるため剛翼を数枚飛ばそうとした瞬間、ブチっという、何かが切れる音が上空から聞こえた。


「マジか…!」


ホークスが視線を上げると、先程落下した鉄骨よりも更に大きい鉄骨がスローモーションのように揺れて宙に放り投げだされた瞬間だった。男がロープに傷でも付けていたのだろう、ぐらりと大きく傾いて垂直に落下を始めた鉄骨に咄嗟に残りの剛翼全てを飛ばし、ギリギリで受け止める。飛ぶ羽がなくなったホークスの体は地面に激突したが、痛みを感じる前に起き上がって子ども達の元へ走った。

落下のスピードが加わり更に重くなった鉄骨は羽だけでは受け止めきれず、鉄骨は今もなお緩やかに落ちている。落下先には子ども達がいるが、避難させるための数枚の羽も使えない程に鉄骨が重い。しかも刃物を持った男が迫っている。

ホークスは風切羽を振り上げ男の背中に突き立てた。男は叫びながら振り返り、ホークスに向かって斬りかかるように刃物を真横に振る。それを身を屈んで避け、男の膝を思い切り蹴って転ばせた。男が派手に倒れた隙に子ども達に近付く。

恐怖で腰を抜かしているようだが見たところ全員怪我はしていない。一先ず安心し、早くこの場から離れるよう誘導をしようとした瞬間、


「後ろ!」


一人の子どもが叫ぶ。ホークスが振り向いたと同時に両手の風切羽に衝撃が走った。男が振り下ろした刃物を直に受け止めたため、切っ先が風切羽に深く食い込み、もう少しで切り落とされてしまう。そして最悪なことに頭上には鉄骨が迫っていた。あと数秒もしないうちに地面に到達するであろう重量に、このままでは子ども達も男も自分も、全員潰されてしまう。


「(クソ…!力押しには弱いんだって…!)」


思わず舌打ちをしてしまうが状況は何も変わらない。怯える子ども達の気配を背後に感じながら、どうすればいいかをひたすら考えていると手元でギリッと嫌な音が鳴り、男の刃物を受け止めていた片方の風切羽が無残にも真っ二つに飛び散った。


「ガアアアアアア!!」

「くっ…!」


叫びながら更に力を込める男の刃物が、残り一枚となった風切羽に食い込んでいく。パワーの強い男が両手に全体重をかけたせいでホークスは押し倒されてしまい、身動きがとれない。そうこうしている間に鉄骨はもう男の背丈ほどの位置まで落ちてきている。

絶体絶命、そう思った瞬間、


「グッ…?!」


男の小さな呻き声と共に両手の負荷が突然なくなり、男が真横に吹っ飛んだ。次いでホークスの視界に飛び込んできたのは、少し離れた場所で鮮やかに青く光る大きな銃を構えた、亜希。


「無事ですか、ホークスさん」


抑揚のない声で言った彼女の瞳にも、同じ青が灯っていた。




20200620
サポートアイテム会社の発目さんは明ちゃんの父親という設定。


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