総てを監視される社会


シビュラシステムとは。

サイマティックスキャンによって一人一人の精神状態を分析し数値化。それに基づき、精神の健康状態や職業適性、結婚相手などを示し、人々が最適で充実した人生を送れるように支援を行う、包括的生涯福祉支援システムである。

精神状態が数値化されたことで効果的な心理療法が確立され、罪を犯す可能性がある者、又は罪を犯した者は、街頭スキャナによるサイマティックスキャンにより即座に判別できるようになり、治安を維持している。

犯罪は一種の病気とされ、犯罪者は病気を感染させる病原体として隔離、排除される。犯罪者は病気であるため刑務所、裁判などは不必要になり、それに伴い警察組織も消えた。そしてシビュラシステムを管理する厚生省が、犯罪者を取り締まる「公安局刑事課」の管轄となった。


亜希は、淡々と自分がいたシステム社会の説明をした。黙って聞いていたホークスと塚内は、その恐ろしい現実にただただ驚愕する。

数値化され管理される人生…職業や結婚相手など、当たり前に自分で決める人生の分岐点を全てシステムに頼っているというのか。それに、罪を犯していなくても隔離…排除されるなんて。なんて恐ろしい社会なのだろう。

どうして亜希の世界で警察組織がなくなったのかも理解したのと同時に、そんな社会で生きてきた亜希が、ホークスはどうしようもなく哀れに思った。


「…シビュラシステム、か。うまく想像できないな…そんな膨大なシステムがあるなんて」


そう言って塚内はホークスを見た。二人の考えは一致している。

亜希がノナタワーから落ちた時、同じタイミング、同じ場所で、電気を操る“個性”を持ったヴィランが“個性”を使用したのだろう。そして亜希は巻き込まれた。

これまでの六件、被害者が倒れている場所は必ず電力回線が圧迫されて爆発が起こっている。けれど亜希が倒れていた場所で爆発はなく、ただ東京タワーのイルミネーションが消灯しただけ。

電気を操る“個性”を持った犯人は、電力回線を伝って人を移動させている。そして人の移動という大きすぎる負荷に耐えられなかった回線が爆発していた。今回の経由点は東京タワーとノナタワー、付近の電力源はシビュラシステム。このシステムは亜希の話からするに相当大きなモノだ。だから、


「次元を超えて人を移動させた代償は消灯のみ、爆発は起きなかった…って感じですかね」


ホークスの言葉に、塚内は頷いた。


「東京タワーが爆発しなくて本当に良かったよ、大惨事になっていただろうからね。でも犯人は一体どこにいたんだろう」

「周辺は見回ったんですけどねえ…」


ホークスは腕を組みながら、ずっと黙っている亜希を見る。事件に巻き込まれて別次元の世界に飛ばされてしまったが、もし飛ばされなかったら、あの高層階から落下した彼女は間違いなく死んでいただろう。仮に生きていたとしても、あの大怪我で助かる道は皆無だ。

彼女は、どう思っているんだろうか。ホークスと塚内の会話は聞いているようだが、何も言わず俯き加減で手のひらの中のホークスの羽を見つめているため、表情は分からない。


「…あっ、そうそう。もう一つ、立花さんに聞きたいことがあったんだ」


ハッと思い出したように塚内が立ちあがり、病室を仕切るガラス向こうから大きな黒い銃を持ってきた。顔をあげた亜希にそれを手渡す。


「鑑識で調べてもらったんだけど動かなくて…強度が強い金属ってことしか分からなかったんだけど、これは何かな」


その細い腕には似合わないほど大きな黒い塊に指を添えた亜希は、じっと銃を見つめた。


「…ドミネーターという銃です。犯罪係数を計測し、シビュラシステムの判定に従って撃つ。厚生省が持つ最強の武器です」

「犯罪係数?」


聞き慣れない言葉にホークスが尋ねると、亜希はドミネーターを持ち上げながら静かに口を開く。


「シビュラシステムによって数値化された精神状態の一種で、犯罪者になる危険性を現した数値です。犯罪係数が一定の基準を超えると潜在犯に認定され、執行対象になります」

「執行対象…さっき言ってた、隔離や排除するっていうことですか?」


頷く亜希に、ホークスはまじまじとドミネーターを見た。罪を犯していなくても精神状態だけで判定され撃たれる。犯罪のボーダーラインですらシステムに頼っている亜希の世界の、異常性や恐ろしさが具現化したモノのように感じた。

塚内もじっとドミネーターを見つめ、そして亜希に尋ねる。


「これには銃弾が入っているの?」

「いえ…光線、電磁波です。犯罪係数の数値によって麻酔銃、殺人銃の二種類があり、人間以外の…例えば危険なドローンなどには分子分解銃になります」


そんなモノに撃たれたら逃げようがないな、とホークスは思った。亜希の世界はシステムに管理されシステムによって統治されている。そのシステムに潜在犯と認定されてしまえば、どうすることもできない。

生まれてからずっと常に監視された人生の中で、犯罪係数を上げずに生きていくことの方が難しいように感じるのは、自分がおかしいのだろうか。

この物騒な銃を扱う公安局刑事課の人達…亜希の精神状態は、一体どうなっているのだろう。なぜ彼女はそんな場所で働いているのだろうか。

幼い頃に“個性”の才を見出され、ヒーローになるべく公安に育てられたホークスは、ヒーロー以外の道はなかったし自身もヒーローになりたいと思った。一般的には選択肢は極端に少なかったかもしれない、でもその中でも自分なりに選んだ結果が今だ。

システム社会で生きる彼女は果たして、これまでの人生、どれだけの選択をしてきたのだろうか。漆黒の瞳に、どんな景色を映していたのだろうか。ホークスには何も分からない。


「シビュラシステムの判定で撃つってことは、そのシステムがないこの世界では使えないのかな」


塚内が疑問を口にすると、亜希はドミネーターの銃口を迷いなく自分自身へと向けた。細い両腕を前に伸ばして大きな銃を迷うことなく額にピッタリとつける。驚いたホークスと塚内が止める前に、ドミネーターの装甲と亜希の瞳が青く光った。


『携帯型心理診断鎮圧執行システム、ドミネーター起動しました。ユーザー認証、立花亜希監視官。公安局刑事課所属、使用許諾確認。適正ユーザーです』


昨晩聞いた無機質な音声が病室に響く。亜希は躊躇いなく引き金に力を入れた。すると、


『通信エラー。システムとのリンクを構築できません』

「使えませんね」


青い光が消え、一言呟いた亜希はドミネーターを下ろす。いくらシステムのない世界だからといって電磁波を放つ銃を自らの頭に迷いなく向けるとは。ホークスと塚内は何も起こらなかったことに思わず安堵の溜め息を吐く。


「…ユーザー認証っていうのがあるんだね。なんだか小うるさい銃だけど、間違って一般人や犯人が手にしても使えないようになってるのかな」


 それにしてもビックリしたよ。と笑う塚内を、亜希は驚いて見た。


「…聞こえたんですか?」

「え?うん。やっぱり通信エラーなんだね、起動は出来るみたいだけど」


亜希はドミネーターを触り様々な角度から調べるように見た。見た目に変化は一切なく壊れた様子は無い。


「…刑事課の人間にのみ使用が許されているので、眼球スキャンでの生体認証はできるようです。でも…音声ガイダンスは操縦者にしか聞こえないハズなのに」


困惑している亜希に、ホークスは昨晩も同じ音声が聞こえたことを話した。

違う次元にきてしまったことで少し壊れてしまったのかもしれない。けれど、音声が周りに聞こえようが聞こえまいがシビュラシステムの判定がないこの世界でドミネーターを使うことはできないし、その必要もないように亜希は思えた。だってこの世界には、警察がいる。

大きな銃を力なく見つめる亜希に、何かを考えていた塚内が口を開いた。


「…ドミネーターはとても頑丈で、電磁波を放つことができる。なら、犯人を…電気を操る“個性”を見つける手掛かりになるかもしれない」

「どういうことです?」


ホークスが聞くと、塚内は先程彼に見せた鑑識結果の紙を取り出した。


「犯人は爆発を伴う人の瞬間移動を起こす時、多大な電力を必要としている。ドミネーターを使えるようにして、この中に電気を溜めておけば向こうから近付いてくるんじゃないかな」


鑑識結果表の下部には鑑識者の名前と、ホークスも知っている有名なサポートアイテム会社が記されている。


「えっと…つまり、コレを改造するってことですか?」

「うん。元から分子分解できるほど威力も性能も高い銃だ。発電機能を付けて電力を無限に生み出す状態にしたら、たぶんその辺のビルより多くの電気を貯蔵できるはずだよ」


どうだろうか、と、塚内は亜希を見た。使えない無意味なこの銃がこの世界の犯人を見つける役に立てるのならば、と、亜希は特に異論なく、首を縦に振る。

ありがとうと笑った塚内は、ただ…、と言葉を続けた。


「…ただ、ドミネーターを持っていれば危険に晒される可能性が高い。犯人に狙われるからね。けれど、この銃を扱えるのは君だけだ。被害者である君にこんなことを言うのはおかしいんだけど…」


塚内の言葉を聞き終わる前に、亜希はドミネーターを塚内に手渡すように向けた。


「私は一度、死んだようなものです。だから気にしないでください。立場は違えど同じ刑事として、犯人逮捕に協力します」


迷いなく言った亜希は相変わらずの無表情だが、その瞳は凛としている。未知の世界で面倒ごとに巻き込まれているのに、どうしてこんなに真っ直ぐな目をできるのだろうかと、ホークスは思う。

ドミネーターを受け取った塚内は「感謝する」と言って、頭を下げた。



20200616


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