待ち望んだ連絡


福岡の中心地、ホテルの一室、パーティー会場。社交辞令が飛び交う中、ホークスは怪しい動きをしている者はいないかと辺りを見渡す。インカムから聞こえてくる相棒やヒーロー達の会話を聞きつつ、「こちら会場内、異常ありません」と伝えてから、目立たない端の壁に背を預けた。

今日は日曜日。議員護衛の任務である。年に数回開かれる、西日本を代表する政界の要人達が集う、規模が大きい会食型の定例会。開催場所は持ち回りで、前回は大阪、前々回は広島だった。今回は福岡なので、ホークス事務所を含む九州のヒーロー達が多く護衛を務めている。会場内にはホークス以外にもヒーローが十人程度配置されており、警備は厳重だった。
早朝からホテル周辺は勿論のこと、要人が通る道、宿泊施設、会場内外の安全を隅から隅まで確認していたホークスは、込み上げる欠伸を噛み殺す。これだけヒーローがいれば敵も迂闊に手は出せないだろうと思いつつ、今から夕方までの数時間、堅苦しい会議に付き合うのは肩が凝りそうだな、と小さく溜め息を吐いた。


「お集まりの皆様。間もなく開始のお時間となりますので、ご着席願います」


ざわついていた室内は司会者のアナウンスにより静かになり、挨拶を交わしていた人々はそれぞれの席へと腰を下ろす。その隙に、ホークスはコッソリとプライベート用のスマートフォンを盗み見た。予想通り、着信、メッセージ共に受信ゼロ。昨晩、就寝前に送ったメッセージに既読マークがついていることは今朝方確認したのだが、やはり返事はきていなかった。今日は雄英体育祭、彼女も警備で忙しいのだろう。今頃は開会式が終わって一回戦が始まった頃か。

そこまで考え、スマートフォンはポケットに片付けて再び視線を会場へと向けた。今は仕事中だ、寂しさには蓋をして、彼女のことを考えるのは一旦やめようと気持ちを切り替える。


「本日の議題は…」


司会者が発表した内容に沿って、政治家たちが意見交換を始めた。毎回毎回似たり寄ったりな討論をしているとホークスは思う。こんな場所で「敵犯罪は増加している、もっと抑制せねば市民の平穏が…」だの「オールマイトに頼りすぎの現状を打破するべきでは…」だの、いくら話し合ったところで何の解決にもならないというのに。より良い社会を、安心安全な街づくりを、と宣う彼ら政治家はただ、“選挙で国民からの支持を得る為、平和を目指す協議の場に参加し発言している”だけなのだ。
こんなことをしている暇があるなら少しでも現場を見ろよ、なんて、悪態をついてやりたい。いつだって前線に出るのはヒーローや警察で、目の前で熱く話し合っている彼らは災害や事件発生時、高みの見物をしているだけ。
過酷な場面を実際に目にしないで有効な政策が打ち出せるか?答えは否、どんなに頭を捻ったって所詮は空想、現実的でない理想論、無意味である。だから、年に数回も開催されている定例会で出た結論が、世に生かされた試しがなかった。要するに無駄なのだ、この会議は。税金の無駄遣いとはまさにこのことである。


「えらい難しい顔してんなあ、ホークス」

「あ、ファットさん」


脳内でイライラしていると、BMIヒーローことファットガムに話しかけられた。彼は大阪から出席している要人のボディーガードを務めていたので、同じ会場内に配置されている。離れた位置で待機していたハズなのだが、よほど暇だったのだろう。大きな体を縮こませて近寄ってきた彼は「なあなあ、」と早速口を開いた。


「毎回毎回、退屈な会議して飽きへんのかな、この人ら」

「俺も思います。げ、見てくださいよ、あの人めっちゃ眠そう」

「うーわホンマや、思いっきり欠伸してるやん」


真面目に護衛していますよ、というポーカーフェイスを保ちつつ、互いに小声で愚痴をこぼす。こんなことがバレたら信用問題に関わってくるが、二人ともプロなのだ、そんなヘマはしない。
視線は会場に向けたまま、この退屈な時間を潰すためにホークスはお喋りを続行した。


「そういやファットさんは雄英の体育祭、行かなかったんですね」

「おお。ホンマはインターンで来てる奴の試合見たかったんやけど、護衛の依頼受けてしもたからな。生で観たかったわ」

「確か、雄英ビッグ3の男の子でしたっけ」

「そうそう。個性も強力やし本人もええ奴なんやけど、めっちゃネガティブでなあ」

「ネガティブかあ、ファットさんと正反対ですね」

「ホンマに。俺のメンタル分けてやりたいわ」


しばらく二人で笑いながら話をしていたが、壇上の横で司会者がマイクを持つのが見えたので、大人しく口を閉じた。先程から何人かの政治家たちが交代して意見を述べていたが、一区切りついたのだろう。


「えー、それでは次の議題へいきたいと思います。“次世代のヒーローを担う若者への支援について”。まずは、こちらをご覧ください」


司会者はリモコンのような物を取り出し、会場の天井に向かってスイッチを押した。室内が暗くなるのと同時に、大きな白いスクリーンが下りてきて、何かの映像が映し出される。


『血で血を洗う雄英の合戦が今!!狼煙を上げる!!!!』


響き渡る音声に、ホークスは目を見開いた。


「こちらは、現在開催中の雄英体育祭です」


なんと、まさかである。こんな場所で生中継を観れるなんて…ちょうど今から本戦のようで、第二種目の騎馬戦が始まろうとしていた。『いくぜ!!残虐バトルロイヤル、カウントダウン!!』とハイテンション過ぎるプレゼントマイクの声は少々煩いが、さすがはボイスヒーロー、先程まで中身のない討論をしていた議員達はもうスクリーンに釘付けで、巧みな実況に引き込まれている。


「まじか。リアタイできるやん」

「驚いたな。…これは一年生か、三年も映ったら良いですね」

「せやな〜」


少しでも観れるなんてラッキーだな、と思ったホークスは次の瞬間、ほんの一瞬だけ映ったスタジアムに見知った顔を見つけ、「え?!」と大きな声を出してしまった。慌てて両手で口を押さえるも、彼の素っ頓狂な声は映像から漏れる歓声と会場内のざわめきで掻き消されたのか、隣にいるファットガムにすら気付かれることはなかったのだが。


「(…い、今、亜希さんがいた)」


映ったのは1秒にも満たない瞬間だったが、愛しい人の顔を見間違えるハズがない。誰もが盛り上がっているスタジアムの端、おそらく選手達の控室に繋がる通路の近く。そこで一人、腕組みをして壁に凭れていた無愛想な女性は…絶対に亜希だった。普通のテレビで見たら小さすぎて分からなかったかもしれないが今は巨大スクリーン、バッチリ見えたのだ。久しぶりに彼女の姿を見ることができて安堵したものの、あの綺麗な顔に何か貼っていた気がする。頬に、大きな絆創膏のような…
映像は白熱している騎馬戦の様子を映しているが、ホークスは脳内で「もっと端!カメラ寄って!」と念を送る。あんな場所にいるということは警備中だろう、しかし彼女が怪我をしているかもしれない事実に、心臓が早鐘を打った。

目視確認をする為、もっとよく見えるようにゴーグルを額まで上げる。隣にいるファットガムが「一年えらい迫力あんな〜」と笑っているが、それに頷く余裕すらない。
司会者はプレゼントマイクの音量が大きいと思ったのか、少しボリュームを下げつつ、会場内に向き直った。


「このように雄英高校では毎年体育祭が開催され、現役のプロヒーローに活躍を見てもらう機会が多く、スカウトや、就職先の事務所への斡旋も手厚いです。ですがこれは“雄英”という名門だけが出来ること」


司会者が手にしていたリモコンをポチポチといじると、薄暗かった会場内にパッとスポットライトが点き、それはスクリーンを見ていたホークスとファットガムに当てられた。眩しすぎてホークスがすぐにゴーグルを再装着した時、会場内の視線が一気に二人に向く。


「皆様もご存じの通り、本日この会場で我々を護衛してくれているホークスやファットガムなど、活躍中のヒーローには雄英以外の出身者も多い。彼らのようなヒーローの卵を、学生の頃からもっと積極的に発掘・支援すべきではないでしょうか」


突然注目の的になった二人は咄嗟に営業スマイルを浮かべる。続いて室内には「そうだな、雄英だけでなくヒーロー科のある高校を全体的に援助し人材確保すべきだ」、「個性はどんどん多種多様になっている、若者のサポートを」と盛り上がりの声が響くが、試合に集中していたらしいファットガムは全く聞いていなかったらしい、何のことか分からず頭の上に「?」を浮かべたまま愛想笑いをしていた。


「えー、では早速、具体的な資金捻出や政策について議論していきましょう」


司会者の言葉に政治家達は二人から視線を外し、いかにして予算を出すか、基準はどうするのかを話し出した。先程よりは実りある議題だと思いつつ、ホークスは横目でスクリーンをチェックする。相変わらず客席は映らないし、目を離した隙に騎馬戦は終わっていたが、『1位轟チーム!!』という実況に「ああ、あの子がエンデヴァーさんの息子さんか…」と、体育祭を観たかった本来の目的を思い出した。一位であるのに悔しそうな表情を浮かべる彼は随分と端正な顔で、赤と白、二色の髪色が印象的だ。残念ながらどんな“個性”なのかは確認出来なかったものの、最終種目では発揮してくれるだろう。
…と思っていたのに、騎馬戦の結果発表が終わった途端、司会者はリモコンを操作し、スクリーンを天井に戻してしまった。


「あ〜、どうせやったら最終種目まで観たかったなあ」

「そうですね。まあ…議題を盛り上げる為に流したんでしょ」


残念そうに言うファットガムに同意しつつ、ホークスは内心でホッと息を吐く。このまま映像を流されたら体育祭の内容は勿論のこと、亜希の姿を探す為に注意力散漫になってしまうのは目に見えている。リアルタイムで観たいのは山々だが今は仕事中、護衛の任務を任されているのだ。
ホークスは大きく深呼吸し、ああでもない、こうでもないと討論する議員達を眺めた。




▽▽▽




あれから夕方まで続いた定例会は何の問題もなく終わり、要人達の護衛任務も無事に終了。「今度はゆっくり遊びに来るわ〜」と手を振るファットガムに笑顔で返事をしたホークスは即行で事務所へと戻り、相棒達も驚く程のスピードで今日の報告書を作成。彼が不在だった一日の内に溜まった仕事もあっという間に片付け、自宅へと帰った。

ジャケットもそのままにリビングに駆け込み、テレビの電源を入れて録画リストから【雄英体育祭】を選択し再生。ゴーグルだけは机に置いてテレビの前に正座し、良い子は決して真似をしたら駄目な距離で画面を見つめる。

例年メインは三年生のステージだが、今年は襲撃事件があったからか一年生の会場が多く映し出されていた。体育祭の結果はヒーローネットワークの速報にて知っていたが、スタジアムにいるであろう亜希の姿は自分で確認しなければならない。ホークスは所々早送りをしたり一時停止したりとリモコンを駆使し、血眼で彼女を探す。


「…あ!!おった!!」


思わず大きな声が出たが今は家なので気にしない。先程までいた会場のスクリーンほどは大きくないが、ホークスの家のテレビも大概の大きさなので余裕で確認できた。第一種目の障害物競走の説明時、一瞬だけ映った客席の端で、見回りをしているであろう亜希の姿を。


「…やっぱ怪我しとう」


ちょうど横向きで映っている彼女の顔、白い右頬を覆うように大きな絆創膏が貼られている。あんな目立つ場所を怪我するなんて…しかも顔…一体何があったのか。まさか他にも怪我をしているのではとホークスが頭を抱えた時、ジャケットのポケットから着信音が鳴った。ハッとして取り出すと、それはプライベート用のスマートフォン。画面には、ずっと連絡を待ち望んでいた愛しい人の名前。前のめりで通話ボタンを押す。


「も、もしもし?!」

『……啓悟、久しぶり』


二週間以上ぶりに聞いた彼女の声に思わず泣きそうになりながら、ホークスは力んでいた体から力が抜けるのを感じた。ああ、亜希さんだ、と。映像は一時停止にしたまま、ソファーに座り直して背凭れに頭を預ける。


「…久しぶり。仕事は落ち着いた?」

『うん。またバタバタするかもだけど…一区切りついた』

「そっかあ…」


話したいことは沢山あるのに、いざ彼女の声を聞くと全てがどうでもよくなった。良かった、元気そうだ。


『…あの、』

「ん?」

『その…ごめんね。全然連絡できなくて』


自覚あったんだな、と思いつつ、ホークスは笑って「大丈夫だよ」と返す。本当は全然大丈夫ではなかったし凄まじい寂しさを感じていたが、彼女の声色に申し訳なさが滲んでいたので、責めるのは可哀想だと思ったのだ。


『…啓悟がたくさんメッセージ送ってくれて、嬉しかった。ありがとう』

「ホント?ウザくなかった?」

『全然。毎日、元気を貰ってたよ』

「なら良かった」


亜希の声の向こうから、微かに風の音が聞こえる。聞けば、帰り道とのこと。『お腹空いたから、コンビニで大盛り弁当二つも買っちゃった』と小さく笑う彼女の表情が瞼に浮かんだ。きっと、あの柔らかくて可愛い、大好きな笑顔だろう。
他愛ない会話を少し交わした後、ホークスは昼間からずっと気になっていることを口にした。


「…ねえ、亜希さん。聞きたいことがあるんだけど」

『何?』

「…怪我してるよね?顔」

『え、なんで知ってるの?』

「えっと、実は…」


驚いている彼女に、正直に雄英体育祭の中継で姿が見えたことを伝える。何万人といる中から一人を見つけ出すなんて我ながら気持ち悪いかもと一瞬心配したが、それに関して亜希は何とも思ってなさそうに、けれど言葉を探しているのか、しばらく無言が続いた。


『…掠り傷だよ。少し転んじゃって』

「でも絆創膏、けっこう大きかったけど」

『…あれは、塚内さんが大袈裟なだけ』


彼女の話によれば、大した傷でもないのに「顔に傷が残ったら大変だろう?!」と心配した塚内に半ば無理矢理貼られたらしい。どうにも断り切れず、生傷をそのまま放置するよりはマシかと諦め、従ったのだと。


「…他は怪我してないんよね?」

『うん、元気だよ』

「…はあ、良かった」


それを聞いて、やっと心の底から安心できた。自分達はすぐに会えない距離にいて、離れている分、不安や心配というものは膨らむばかり。けれど、そんなものは彼女の声を聞けば一瞬で吹き飛ぶから不思議だ。


『…心配かけて、ごめん』


消え入りそうな声に、ホークスは「無事ならいいんだ」と返事をする。けれど亜希はただ、何度も何度も、謝った。



20201007


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