音沙汰ない連絡


亜希と連絡が取れなくなって一週間が経った。送信したメッセージに既読がつくのは早くて半日後、遅くて二日を要する。最後に『忙しくなった、落ち着いたら連絡する』という非常に簡潔で素っ気ない一言を送ってきた彼女はきっと、世間を騒がせている雄英襲撃事件の捜査で多忙なのだろう。今警察は大忙し。分かっている、分かっているのだが。


「はあ…」


それでも寂しいと、ホークスは大きな溜め息を吐いて事務所のデスクに肘を付く。今日は朝から溜まりに溜まった事務仕事を集中的に処理し、全てを片付け終わった現在は夕方。珍しく出動要請もなく普段からは想像できない程にのんびりとした一日である。彼女は連絡すらできないほど忙しいだろうに自分はというと時間を持て余しているのが申し訳ない。

隣の部屋では相棒達がまだ資料をまとめているので上司である自分が先に帰る訳にもいかず、かといって手伝う気にもなれず。手元のプライベート用スマートフォンをいじっては物悲しい気持ちになり溜め息を吐く、そんなことを繰り返していた。

連絡が取れなくなって二日後、どうにも心配になり彼女の腕時計に搭載されているGPSと連携しているアプリケーションを開いて現在位置と脈拍をこっそり確認。しかし亜希は忙しなく体を動かしているのか、走っているのか、全く安定しない脈の記録を見るのは実に心臓に悪かった為、彼女が東京都内にいることだけを確認してGPSはそっと閉じた。安心する為のGPSで不安になるなんて本末転倒である。マンション周辺の監視カメラ映像も併せて見ていたが警察本部で寝泊まりしているのだろう、三日前に着替えらしき荷物を取りに帰ってきた以外、亜希の姿は映っていない。

自分も忙しければ、彼女のことを考えずに済むのに。こんな時に限って事件は起こらず福岡には平和な時間が流れていて、それはとても良いことなのに、もどかしい。会いたい、会って抱き締めて、彼女の温もりを感じたい。声だけでも聞きたい、遠距離なんだから一日一通くらいはメッセージがほしいのが本音だが元より連絡無精な人なのだ、我儘は言えなかった。

返事は期待せず朝昼晩、女々しくも一言メッセージを送っては既読を確認する日々が悲しくて辛い。もう「あ」とか「い」とか、一文字でもいい、ただただ亜希からの連絡が待ち遠しくて、寂しくて。ホークスはとうとうデスクに額を付けて唸った。


「いつ終わるんやろ…」


ヒーローネットワークでも大騒ぎになった名門の襲撃事件。“敵連合”と名乗った犯人達の主犯格は未だ捕まっておらず、警察は総力を挙げて捜査しているらしいが今はどうなっているのだろうか。触れたモノを粉々にする“個性”やワープする“個性”、実に厄介で面倒な敵が見つからない、こんな時。そう、こんな難解な事件の時…いつもなら自分にも声が掛かるはずなのに。

…最近、公安から連絡がない。ふとホークスは思う。

二カ月前の亜希が巻き込まれた電気“個性”事件やマキシマとの戦いの後、福岡に戻ってから彼は二つの公安の任務をこなした。麻薬栽培をしていると噂の農家調査と、武器密輸の疑いがある港の実態確認。どちらも九州地方、数日の張り込みを要したが証拠品や現場を押さえ地元警察と協力し、誰の血も流すことなく解決できた。

その任務完了後から連絡がないのだ。全く音沙汰がない。普段ならどれだけヒーロー業が忙しくても『貴方しか出来ない任務よ』と冷たく言い放つ会長からの連絡が。何故だろう、日本が平和になっているということなのか。

公安には、ホークス以外にも工作員や諜報員がいる。しかしヒーローを兼任しているのは彼だけで、群を抜いて優秀な彼が任務の大半を担っていた。他の者は裏方として情報収集を主とし、この平和な日常の水面下で事件が起こらないか常に監視する役で、怪しい動きを見つければホークスが現場へ向かい調査する。誰よりも速い彼が一人で飛び回り、これまで数えきれないほどの表面化しない事件を解決してきた。

…自分以外、現場に行く者はいないはずなのに、どうして。

冷たいデスクから頭を上げ、オフィスチェアーの背凭れに寄りかかる。公安の裏方だった者も現場に出るようになったのか、それとも新しい人員が補充されたか。しかし、それならば連絡があるだろうし、自分のように幼少から駒として鍛えられた者もいなかったはず。長期に渡る潜入調査や組織殲滅など、体力もメンタルも削られる任務が多い公安。並大抵の人間に務まる仕事ではない。一体、誰だというのだ。それとも単純に、自分が内密に動かなければならない程の大きな事件は起こっていないだけなのか。


「うーん…」


分からない。どう考えても納得するような答えに辿り着けず、ホークスは伸びをするように腕を動かした。ついでに首も回して凝りをほぐしているとデスク上に置いていたスマートフォンが短く震え、思わず飛びつく。プライベート用の、メッセージ受信を知らせる振動。「亜希さんだ!」と画面を勢いよく覗き込んだホークスは、表示されている文字に思わず舌打ちをしそうになりつつ一呼吸置いてメッセージをタップし、大袈裟に溜め息を吐いた。


『今週末の雄英体育祭、お前来るか?』


送信者はミルコだった。観戦チケットを貰ったが要らないので譲り先を探しているとのこと。亜希ではない者からの連絡に一瞬とても腹が立ってしまったがミルコには何の罪もない。ホークスは眉間にシワを寄せながらも返事を打つ。


『こっちで仕事があるので行けません。録画して見ます』


送信すると速攻で既読がついたが返事はこなかった。亜希といいミルコといい、ホークスの周りの女性は自分の要件を伝えたら基本的に返事をしてくれない。ミルコにまで既読無視をされ更に悲しい気持ちになりつつ、執務室の壁に貼ってあるカレンダー、その日曜日の予定欄に書いてある“議員護衛”との文字を横目で睨む。なんでこの日に会食なんてするんだ、お偉いさんは祭典なんて興味ないのかもしれないが…自分は生で観たかった。

なんたって、憧れのNo.2ヒーロー・エンデヴァーの息子が出る。襲撃事件の被害者である1−A、その内の一人で名門の推薦入学者。彼はどんな“個性”で、どんな子なんだろうか。以前、塚内に聞いてからずっと楽しみで仕方なかったのに。

それに東京に行けば、亜希は警備の仕事があるだろうが少しでも会えたかもしれない。一緒に観戦は出来ずとも、共に過ごせたかもしれないのに。


「はあ〜…」


本日何度目か分からない溜め息を吐きながら、もう癖になっている動きで写真フォルダを開いた。画像一覧に並ぶ愛しい彼女の寝顔、その中から一枚を選んで拡大。毎日見続けているというのに飽きない可愛らしい表情を見て落ち着こうと深呼吸を一つ。いつもは仕事中に見ることなどしないのだが、誰もいないし別に良いだろう。何十枚と撮った写真をスライドしながら、もっと撮っておけば良かったと遅い後悔をする。

あどけない顔、ただただ可愛い。寝間着から覗く白い肌に吸い付いて痕を刻みたい。すぐ赤くなる頬を包みながら、柔らかい唇に噛み付きたい。彼女の全身をくまなく触って恥ずかしがる表情を見せてほしい。ああ、こんなことになるなら、やっぱり無理矢理にでも抱けば良かった。寝込みを襲ったとしても優しい彼女は怒らなかっただろうと都合の良い解釈をしながら、次会えた時は絶対に文字通り抱き潰してやると心に誓う。どんなに拒否されても止めてやらない、どれだけ自分が寂しい思いをしているのか、あの細い体に思い知らせてやるのだ。

そんなことを考えながら、大好きな亜希の写真をじっと見つめる。彼女が仕事で忙しい時に自分はとんでもないことを企んでいるのが申し訳ない気もするが仕方ない。とりあえず今はこの可愛い寝顔に癒されようと画面を食い入るように見つめていると、ふと視線を感じて勢いよく顔を上げた。


「何ニヤニヤしてるん?」

「ちょ、え、ノックしてくださいよ」


デスクを挟んで割と近い位置にいた相棒に驚くと、彼は「何回もノックしたけど返事してくれんから」とジト目でホークスを見る。


「あー…ははは、気付かなかったなあ〜」

「…これ、書類」

「どうもどうも」


それとなくスマートフォンをポケットに片付けながら何食わぬ顔で束の資料を受け取るが、相棒は見逃してはくれなかった。


「…何見てたん?めっちゃ顔緩んでたけど」

「え?そんなに?」

「うん。もしかして彼女さん?」

「……そうです」


仕事中にすみません。そう小さく付け加えると、相棒は呆れたような顔をしながらも笑ってくれる。


「謝ることじゃなかよ、サボってる訳でもあるまいし。てか俺も見たい」

「え」

「彼女さん。見せて」

「無理!絶対無理!」


思わぬ要求に全力で首を横に振って拒否をする。こんな可愛い寝顔を他人に見せてたまるかとポケットの上を手で押さえながら必死でスマートフォンを守るホークスに、相棒は呆気にとられながら口を開いた。


「…なんで?ツーショット写真とかやろ?」

「…」

「え…まさか隠し撮り?」

「ち、違います」


ギクリと肩が動き、声が上ずる。さっきまで笑顔だった相棒の表情は一変し、目線が泳ぎまくっているホークスに軽蔑の眼差しを向けた。


「…うわー、ヒーローがとんでもないことしよる」

「いや、あの、違うんですってコレには訳が、」


なあ、ホークスが隠し撮りしとった!そう大声で言いながら隣の部屋に駆け込んでいく相棒を慌てて追いかけ弁明を試みるが、誰も信じてはくれず。

しばらくの間、部下達から冷たい視線を送られる日々を送ることになったホークスは、仕事中に写真フォルダは二度と見ないと肝に銘じたのだった。



20200915


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