彼女について


パシャパシャ。連続して放たれるフラッシュには随分慣れたが、ずっと笑っていなくてはいけない為、口角が痛い。それでも必死に笑顔を保つホークスの隣で、同じように立っているミルコの顔には疲れが滲んでいた。


「ちょっと…もう少し上手く愛想笑い出来ないんです?」

「だってよー…もう何枚目だよ、いい加減疲れた」

「そんなん俺もですよ。さっさと終わらせたいんで適当に笑ってください」


周囲に聞こえないようにホークスが小声で言うと、ミルコは「うっせーな〜」と不満気に溜め息を吐く。確かに今日のカメラマンは拘りやクセが強く、先程からずっと同じような体勢のままひたすらシャッターを切られるので、中々キツい。

現在、ヒーロー雑誌の撮影真っ只中。昨日のインタビューが載る雑誌である。隣のスペースではMt.レディとシンリンカムイがポーズを決めているが、「ちょっと先輩なんで棒立ちなんですか。もっとこう…自然体で決めてくださいよ」、「いや慣れていなくてだな…」という会話が聞こえてくる。自分とMt.レディが並べば一発OKだろうが、逆にミルコとシンリンカムイがセットだと永遠に終わらなさそうだな、とホークスは思った。


今朝、散々亜希を揶揄ってキスをして、名残惜しく見送った後。

撮影は昼前からだった為、乾燥機でシワだらけになったヒーローコスチュームをクリーニングに持って行ってから、ホークスは亜希のスーツを選びに服屋に向かった。サイズやパンツの丈は頭に入っているので、あとは彼女が好みそうな動きやすくシンプルなデザインの物を探すだけ。

いつも黒のスーツだからグレーやネイビーにしようか。それともストライプ模様や、ノーカラージャケットなんかもいいかもしれない。けれど彼女に「こんなの着られない」と言われたら悲しいし、華美なモノは避けるべきか。

結局一つに絞ることは出来ず、普段着用しているものと似ているデザインの黒と、深いネイビーのノーカラージャケットの二着を選んだ。これらに合うブラウスもそれぞれ選び、計四着とストッキングを購入。買った品は夜までに家へと配送してもらう。

選ぶのに時間が掛かった為、また集合時間ギリギリに現れたホークスに同業者達は何かグタグタ言っていたが全てスルーした。別に遅れた訳ではないし文句を言われる筋合いはないのだ。

そして撮影が始まり、今。すんなり終わるかと思われたが、意外と時間が掛かっている。


「あー…腹減った…もうとっくに昼過ぎてんじゃんよ…」

「はいはい、なんでもいいから笑顔作って」

「んだよ…あ、そういやお前、昨日は楽しんだか?」


唐突なミルコの言葉に、ホークスは思わず「は?」と声を上げる。すかさずカメラマンから「ホークス!笑顔!」と指示され、眉間に寄るシワを抑えつつ作り笑顔を浮かべた。


「…なんですか、いきなり」

「昨日の先約って女だろ、私の勘がそう言ってる」


鋭い指摘に表情は変えないまま、勘ってなんだよと思いつつ「どうでしょうかね〜」と濁すが、ミルコは相変わらず小声で続ける。


「なあ、お前ってどんな女に惚れるんだ?モデルとか?」

「違いますよ、てか絶対教えません」

「あ、やっぱ女いるんだ」


ニヤリと笑うミルコに、ホークスは「しまった…」と頭を抱えた。またもやカメラマンから「ホークス!」と注意されるが、溜め息を吐かずにはいられない。


「…絶対誰にも言わないでくださいよ。メディアが面倒だし彼女に迷惑かけたくないんで」

「言わねえよ、私口堅いから安心しろ。で、どんな女?」


単純な興味だ、と続けるミルコに、ホークスはカメラレンズを見ながら口を開く。


「そうですねえ…すっごい可愛くて、すっごい綺麗で、いつも真っ直ぐで素直で優しくて可愛くて…とても強いのに可愛くて守ってあげたくなる、誰よりも可愛い人ですね」

「可愛いって何回言うんだよ」

「だって可愛いんですもん」


平然と言ってのけるホークスにミルコは若干引きつつも、「よっぽど好きなんだな」と笑った。


「そりゃもう大好きですよ、誰にも渡さないし一生俺が傍にいますから」

「いや聞いてねえし」

「でもな〜俺の彼女、ホンッッットに可愛いんで余計な虫が寄ってくるんですよね〜…浮気の心配は全くないんですけど油断できないっていうか」

「だから聞いてねえって…」


興味本位で聞いてしまったことを後悔しているミルコを無視し、ホークスは「何か良い方法ないかな」と呟く。


「そんなに大事なら閉じ込めとけばいいんじゃねえの?」

「それが出来たら苦労しませんよ」


惚気るホークスが面倒なので適当に言ったつもりがハッキリと同意され、さすがのミルコも唖然とした。


「え…怖、目がマジじゃん…とんでもねえ男だな…」

「何言ってんですか普通でしょ」

「普通じゃねーよ異常だよ…束縛強すぎて嫌われても知らねえからな…」

「あ、大丈夫です。俺達めちゃくちゃラブラブなんで」


ミルコは口を閉じる。彼の彼女に会ったことはないが、なんとく心配というか、大丈夫なのかなと思ってしまった。ホークスは「はあ、今日の晩飯楽しみだな」とか「スーツ喜んでくれるかな」とかブツブツ言っている。ミルコはもう何も言うまいと心に誓い、大人しくカメラに視線を向けた。




▽▽▽




気付けば時刻は夕方。やっと撮影が終わったかと思うと今度は個別インタビューがあるという。Mt.レディ、シンリンカムイ、ミルコ、ホークスにはそれぞれ各インタビュアーがつき、ヒーローとしての今後の抱負や少し踏み入ったプライベートなことも聞かれた。

先程はうっかりしてしまいミルコに彼女がいることはバレたが、誰かに惚気る、ということを一切していなかった為つい調子に乗って色々と口走った気がする。でも亜希のことを話すのはやはり楽しい。


「ホークスさんの好きな女性のタイプは?」

「んー…好きになった人がタイプです」

「どんな仕草に色気を感じますか?」

「そうだなあ、普段シャキッとしてる人が照れた表情とか、グッとくるかな〜」

「つい追ってしまう香り、なんてあります?」

「やっぱ甘い匂い。ずっと嗅いでたくなっちゃいますね」


…だからと言って、メディアにはペラペラ話さないが。いや話しているかもしれないが特定はされないだろう。彼女のことを想いつつ当たり障りのない返答をしていれば、インタビュアーは「最後の質問です、現在お付き合いしている方はいらっしゃいますか?」と真剣な表情をホークスに向けた。


「それは、…秘密です」


嘘はつきたくない。でも肯定するのもアウト。なら読者のご想像にお任せするのが賢い答えだ。ホークスの言葉にインタビュアーは「女性の心を掴みますね〜」と嬉しそうにメモしている。やはりこれが正解だったようで一安心。

 
「ではお疲れ様でした。雑誌は来月発売になりますので事務所に送りますね」とスタッフに声をかけられ、やっと終わったと息を吐きつつスタジオを見渡すと、もうミルコとシンリンカムイの姿はなかった。Mt.レディは未だに熱く語っているが、おそらく二人はさっさと終わらせて帰ったのだろう。

ホークスも適当に挨拶を済ませ外に出る。もう辺りは暗い。プライベート用のスマートフォンを確認したが彼女からの連絡はまだ無かった。もしかしたら今日は残業なのかもしれない。手料理を食べたかったが自分が作って待ってるのもアリか。ああ、そういえば今朝、亜希は手首を隠そうと必死になっていたことを思い出す。縛られた痕を唯一隠せられる腕時計型デバイスが無くて困っていたような…そうだ、腕時計もプレゼントしようか。

そんなことを考えていると、遠くで微かな銃声と衝撃音が聞こえた。街の喧騒に掻き消された僅かな振動に一瞬、嫌な予感。ホークスは薄っすらと立ち上がる煙に向かって瞬時に飛び上がる。


首都高速道路、ど真ん中、横倒れになっているトラック。視界を遮るように漂う煙。

付近にはパトライトが点いたシルバーの乗用車が一台、フロント部分が大破した状態でプスプスと音を立てていた。

悲惨な事故現場。覆面パトカーがトラックを追いかけていたのだろう、嫌な汗が背筋を伝う。大丈夫、彼女は交通課ではない、この広い東京で、ここに彼女がいるなんて、そんなこと。

急いで降り立ちゴーグル越しに目を凝らす。次いで煙の中に見えた光景に、ホークスは思わず目を見開いて「はっ…はー?!」と大声を上げてしまった。


「お、また会ったな!」

「いやいやいやいや!えっ?!何してんですか!!」

「見りゃ分かんだろ、救助だ!」


ついさっきまで一緒に仕事をしていたミルコが何故か、彼女を…亜希を、抱きかかえているではないか。

これは一体、どういう状況…?




20200808


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