響く声
「……夕…」
…誰?私を呼んでるの?
ここはどこだろう。何も見えなくて、寒くて暗い。
「……夕」
私の名を呼ぶ声しか聞こえない。何度か尋ねても返答はなくて、私はただ戸惑うばかり。
「…っ、」
「泣いてるの…?」
ひどく悲しく響くその声は、まるで泣いているかのように聞こえた。
―――――――
――――
――――ピピピ…――
――――ピ…
―――――――――
「…んー…」
寒気がして目を開ける。もう朝のようで、窓から差し込む光が眩しい。
今の夢…なんだったんだろう。すごく悲しかった気がする。誰かが私を呼んでいたのに、それが誰だか分からなかった。
ぼんやりとしたまま枕元の携帯を開く。
「…?!」
時間は9時を指している。寝過ごしてしまった…今から急いで行っても二限目には間に合わない。私は三限目から行こうと、諦めながらゆっくりと体を起こした。
携帯には着信が二件。望美と将臣君からだった。二人に『三限目から行く』とメールを送り、寒さに震える体を抑えながら準備を始めた。
***
外に出ると、強い雨が降っていた。
「寒いな…」
そういえばもうすぐクリスマス。今年も4人でパーティーするのかな。確か望美が駅前のケーキがどうのこうの言っていたはず…
そんな事を考えていると、すぐに学校が見えてきた。校門をくぐると同時に、たぶん二限目の終わりであろうチャイムが鳴る。
少しばかり急いで歩く。間に合わないかもしれないと思い、教室までの近道として渡り廊下へ向かった。
「あれ…誰かいる…」
こんな雨の中に、少し変わった格好をしている子どもが木の下に佇んでいる。
私はその子に近付いて、傘を傾けた。
「…風邪引くよ?」
「…」
銀色の長い髪をなびかせて振り向いたその子は、愛らしい瞳を細めて微笑んだ。
「この世界で、あなたは生きていたんだね」
「え…」
この、世界?一体何を言ってるの?
「…夕?」
「あ…望美」
子どもの言葉を疑問に思っていると、渡り廊下から望美と将臣君、譲君がこっちを見ていた。
「どうしたの?…迷子?」
私と一緒に傘の下にいるこの子に、望美は視線を合わせた。
その時、
――――リーン…
頭に鳴り響く鈴の音…この子は優しく微笑んで言った。
「あなたが…」
―――――リーン…
私の直感が、危険を察知する。とっさに傘を放り投げ望美に駆け寄った。
「望美!危ない…!」
―――――リーン…
「私の…神子…」
――――――リーン…
辺りに海のような波が現れ、私達は流された。
「望美っ…!」
「夕!」
手を伸ばしても届かず、望美と譲君は波の中へと沈んだ。
「…夕!こっちだ!」
「将臣君っ…」
将臣君に腕を掴まれ引き寄せられる。振り向いた瞬間…
「うわ…!」
「っ…!」
激しい波によって、私達二人も別々に流されてしまった。
―――――
―――――――
――――――――――
―――――
――――――――
「……っ…」
体中に痛みを感じ、重い瞼をゆっくり開く。真っ先に目に入ってきたのは、まん丸のお月様。
なんとかして起き上がり、辺りを見渡す。
ここは…森だろうか?光は月の明かりだけで、遠くまでは見えない。私は学校に居たのに…
「…望美…」
そうだ、波に流されたんだ。望美達も一緒に…
「将臣君、譲君」
呼びかけても返事はない。
私は急に怖くなって、肩からかけていた学生鞄を抱きしめた。
なんでこんな場所に?あの子どもが何かしたのだろうか?
恐怖で泣きそうになりながら空を見上げる。満月だけが、私を照らす。周りの木々は枯れていて、時折冷たい風が吹く。
寒い。
ふと、そう思った時。
―――――ジャリ…
「!」
足音。怖くて振り向けない。鞄を強く握り締め目を固く閉じる。
「………夕?」
「…?!」
名前を呼ばれ体が跳ねる。でも…この声どこかで聞いたことがあるような…
私は恐る恐る振り返った。
月に照らされ、銀色に輝く髪…
私を見下ろす様に後ろに立っている一人の男の人。
「今宵は満月だからか…?」
「え…」
「またお前に、会えるとは…」
そう言って、目の前でしゃがみ込み私の顔に向かって手を伸ばしてきた。私はとっさにその手を払いのける。
「いや…!」
「…っ……」
一瞬、この人の瞳が揺れたような気がしたけれど、私はとにかく怖かった。
「なんで…私の名前を知ってるの……みんなはどこ…?」
「……」
「あなたは、誰…?」
銀色の髪、紫の瞳、低い声。全く知らないはずなのに、なぜだか知ってる気がして、それが余計に怖い。
男の人は無言で立ち上がると、私の腕を掴んで立ち上がらせた。
「…平 知盛、だ」
「また、転けたのか…」
「申し訳ありません…知盛様」
「…少しは気をつけろ」
「ふふ、いつも知盛様が助けて下さいますから…」
「クッ…」
脳裏に浮かぶ映像。今のは、何…この人に、前も助けてもらった…いや、いつも…?
…ううん、そんなはずない。私はこの人と会った事がない…そのはずなのに。
「…来い」
「…え……」
掴まれた腕は離されたが、代わりに手を握られた。
有無を言わさぬよう歩くこの人に、私は引きずられるように付いて行った。
「知盛様…やっと会えた…」
頭の中に響いた声と共に、この手の温もりが、なぜだか懐かしく感じた。
2008119