再会
沈黙のまま、私は引っ張られるようにして歩いた。最初は足早だったが、だんだんと私の歩幅に合わせてくれているようだった。
恐怖は少しだけ緩んだが、この知盛と名乗る人の服装をよく見て唖然とする。
…着物?
私は自分が着ている制服を見てから、もう一度彼を見た。
なんで着物なんか着ているんだろうか?何かのお祭り…?でもこんな冬にそんなの無かったはずだ。
ひたすら考えていると、いつの間にか森を出ていた。先には灯りがある。やっと住宅街に出たかと思ったが、私の期待は予想外な形で裏切られることになる。
「………っ」
灯りの元は、大きな大きな建物。ビルなんかとは違う…お寺のような、歴史の教科書で見たような…
「…まさか…」
嫌な予感が頭をよぎる。どうか嘘で合ってほしい。私は繋がれていた手を思わず強く握ってしまった。
「…どうした」
「え…あ、」
低く呟く声に反応して、手を離そうとしたが、更に強く握られた。
「…来い」
「…」
その屋敷のような建物にずんずんと入っていく。私は涙を堪えながら、なんとか足を前に進めた。
「お帰りなさいませ、新中納言殿」
ハッと前を見れば、またもや歴史の教科書に出てきそうな着物を身に纏った女の人が現れた。
その女の人は私を見ると、目を大きく開く。
「…なぜ…あなたが…」
「え…」
知盛さんといい女の人といい、なぜみんな私を見て驚くのだろうか。私が戸惑っていると、知盛さんは一言だけその女の人に言った。
「…環内府殿は?」
「…宴会部屋でございます」
返事はせずに、知盛さんは私の手を引っ張り歩いた。女の人は悲しい瞳をしていて、私は気になったがどうする事も出来なかった。
大きな庭を突っ切るように歩き、縁側から離れのような部屋に上がった。
襖を開けると、殺風景な畳の部屋。部屋の中まで入り灯りを付けると、繋いでいた手は離され知盛さんは背を向けた。
「…少し待っていろ」
「…ここ、は……」
どこなんですか。そう聞こうとしたが、うまいこと声が出せなかった。知盛さんは少しだけ振り返る。
「…すぐに戻る」
一言呟くと、襖を閉めて部屋を出て行ってしまった。
「……」
私はその場に座り込んだ。鞄を抱き締め、いきなり起こった訳の分からない事態に体を震わす。
みんなは…どうしてるんだろう?怪我などしてないだろうか?
そんな事を考えていると、部屋の外から物音が聞こえた。
――――ドタドタ…
体を強ばらせた瞬間、襖が勢いよく開いた。
――――バタンッ
「…」
「…!」
しばらく沈黙が続き、私はそっと目を開ける。
そこには、青い髪をした男の人…
「…夕…なのか?」
「…まさか…将臣君……?!」
髪が伸びていて少し違う雰囲気だったけれど、私の名前を呼ぶ声で将臣君だとすぐに分かった。
私は立ち上がり、将臣君の腕を掴む。
「良かった…あの時はぐれて、もう会えないかと思った…」
「…お前…今…きたのか?!」
「え…」
今、きた?
「…どういう、意味?」
唖然とする私の肩を将臣君は掴んだ。そして苦しげな、辛い顔で私の目を見て、ゆっくりと将臣君は言った。
「…夕、落ち着いて聞いてくれ。ここは…俺達が居た日本じゃない」
「…っ」
なんとなく、そんな予感がしていた。だけど…そうハッキリ言われてしまっては、私もどう反応したらいいか分からなくなる…
「ここは、平安時代の末期…平 清盛の屋敷だ」
平家は毎日のように宴をやっている。栄華とはまさにこういう事を言うんだろうな。
そう思いながら酒を一口飲んだ時、宴会場の襖が開き知盛が入ってきた。
「どこ行ってたんだよ、お前も飲むか?」
「有川…話がある」
「…?」
知盛と共に宴会場の外に出た。現代なら12月だろう、風に当たると寒気がした。
「どうした?話なんて、珍しいじゃねーか」
「…お前は、違う時空から来たと言っていたな…?」
「ああ…いきなり何だよ?」
怪訝な目で知盛を見る。こいつは表情をなんとなく暗くして呟いた。
「…夕が、森にいた」
「!!」
二年前の、あの時。掴んだのに離してしまった夕がどうなったのか、本当に心配だった。
「今…離れに居る」
「…言っとくけどな、あいつは夕ノ姫じゃねーぞ?」
「…」
黙り込む知盛を引っ張り、俺は離れへと急ぎ足で向かった。
襖を開けると、そこには制服を着た夕の姿。俺だと分かると、夕は安心したように笑った。
「良かった…あの時はぐれて、もう会えないかと思った…」
「…お前…今…きたのか?!」
制服姿、俺とは違う二年前の姿。夕は困惑したように俺に問いかける。
「…どういう、意味?」
…俺も、初めてこの世界に来た時は、本当におかしくなりそうだった。ゆっくり落ち着いて、夕に分かるように説明をする。
「ここは、平安時代の末期…平 清盛の屋敷だ」
俺が言うと、気を張っていたであろう夕はふっと気を失ってしまった。それを抱き止めて、部屋の外にいる知盛を見る。
「…知盛。こいつは平野夕。俺と同じ世界から来た幼なじみだ」
「…ああ、アイツだとは…思っていないさ…」
「…俺も夕も、なんで平家の人間に似てるんだろうな…」
「…月のいたずら、かもな」
「知盛…お前…」
知盛は黙って、どこかへ行ってしまった。気を失った夕を見ると、頬に涙が一筋流れていて。
「…大丈夫だ。俺とお前は、重盛でも姫でもない…俺達は俺達だ」
夕の涙を拭うと、俺はこの部屋に布団を敷いて夕を寝かせた。
…これから、忙しくなる…
明日、清盛やみんなに説明しなければならない。きっと大騒ぎになることだろう。
俺が、清盛に拾われた時のように…
20081120