彼の覚悟



あれから屋敷へと戻り、私は歴史の教科書を読み返した。

龍神の神子、怨霊、の単語だけを探したけど、これらが見つかることは無かった。


「やっぱり、この世界の歴史は違うんだ…」


時空間や出来事は一緒、でも…中身が違う。


「怨霊は封印出来ないけど、でも…」


私に出来ることはあるから、だから頑張らなければ。


「…ん?これは……三草山…」


ページをめくると、【三草山】の単語が目に入った。

頭に内容を叩き込み、すでに帰ってきてるであろう将臣君の元へと向かった。



***




「夕!」


廊下を歩いていると、前からおぼつかない足取りで帝が走ってきた。


「お久しぶりですね、帝。お元気そうで何よりです」

「うむ。夕も息災で何よりだな!」


ニコッと笑う帝の頭を、ポンと撫でる。

可愛らしく笑う彼を、必ず守らなければならないと思う。彼を帝と呼ぶのはダメらしいけど、平家にとって帝は彼だけだから…私も彼を帝と呼ぶ。


「あ、そうだ!先ほど環内府殿がそなたを探していたぞ」

「そうでしたか、ありがとうございます」

「うむ!ではな、夕」

「失礼致します」


またまたおぼつかない足取りで走り去って行く帝を見えなくなるまで見送ってから、私は将臣君の元へと急ぐ。

…きっと、三草山の戦の事だろう…




***






将臣君の部屋には、すでに知盛さんや経正さん、敦盛君が居た。

三草山での戦の作戦会議をしていて、私もその輪に入る。


「あいつらは必ず夜に攻めてくる」

「平家の陣は山ノ口だよね?」

「よく知ってんな、夕。山ノ口に仮の陣を作り、それに寄ってきた源氏の後方部隊を狙って、陣形を崩す」

「…うん」

「なんとしても福原には近寄らせねぇよにしないとな」


平家が衰退している今、源氏はここ福原を攻め落としに来るらしい。

京から福原に来る為には三草山を通らなければならない。

三草山は道幅が狭い上に暗くて足場が悪いので、奇襲が成功すれば総崩れになりやすいのだ。

源氏に私達みたいな未来を知る人が居なければきっと大丈夫だろう。


「将臣君、後方部隊を攻撃するのは誰の部隊なの?」

「私がいこう」

「敦盛君…」


即答した敦盛君は、何の迷いもなく言った。


「既に生まれてしまった怨霊を数百体連れて行く。ならば、平家の損害も少なくて済むだろう」

「…敦盛、いいのか」

「ああ」


将臣君の問いにも真っ直ぐ答えた敦盛君に、将臣君も私も何も言えなくなった。

今まで黙っていた経正さんは、優しく笑う。


「…敦盛に、任せてはくれませんか」

「兄上…」


将臣君は困ったように頭を掻き、溜め息を吐いた。


「わかった。三草山は、敦盛に任せる」

「承知した」


敦盛君は、大きく頷いた。



***





「敦盛君」


夜。私は縁側で月を眺める敦盛君に声をかけた。


「夕…どうした?もう夜も更けているていうのに」

「ちょっと眠れなくてさ…隣に座ってもいい?」

「もちろんだ」


暖かい風が吹き、夏が近付いているのが分かった。お互いに何も言わず、ただ月を見上げる。今夜は満月で辺りは明るい。

心地良い静寂の空間を破ったのは敦盛君だった。


「…私が自ら戦に出る事を望んだのは、今回が初めてなんだ」

「うん…」

「でも、怨霊の身になってから…前まで恐れていた死や殺生が、怖くなくなった」

「…」

「こんな体の私に出来ることは、平家の為に敵を倒していくことだけ…」


自嘲気味に笑う敦盛君に、かける言葉が見付からない。


「だが、将臣殿や夕」の役に立てる」

「え…」

「貴方達なら、きっと平家を救ってくれると思う」


微笑みを浮かべる敦盛君は、月の明かりに照らされて綺麗で。


「こんな私を人と言ってくれる夕の為ならば、私が恐れる事は何もないから」


ああ、彼はなんて…


「優しいね…」

「え…」

「敦盛君は、すごく優しい人だね」


怨霊になって、私には分からないくらい辛くて苦しい筈なのに。

こんなにも、綺麗な笑顔を浮かべることが出来るのは、きっと敦盛君がとても優しい人だから。

私は寝間着の隙間からあるものを取り出して敦盛君に差し出した。


「…?」

「前にもらった御守りだよ」


敦盛君が怨霊になって襲われた時に石が割れてしまったから、私はそれを二つの小さな袋に分けた。

その一つを敦盛君に渡す。


「三草山に行く時に持っててほしい。…この御守り、すっごくご利益あるから、半分こね」

「…ありがとう」


御守りをぎゅっと握り締め、敦盛君は優しく笑った。






…こんな風にゆっくりと二人で話したのは、この日が最後だった。





20100106


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