龍神の神子
「龍神の神子…?」
雨乞いの儀式が終わり、宿の女将さんに挨拶をして屋敷へと帰る道で。将臣君は集めてきた情報を話してくれた。
「そいつは怨霊を封じるんだと」
「…怨霊を?」
「ああ。清盛が放った怨霊を龍神の力で浄化するらしい」
「じゃあ…その龍神の神子って源氏側なんだ?」
「そうなるな。なんでも源義経は龍神の加護を受けたとか言われてるらしいぜ」
怨霊を封印する神子…か…
「…じゃあ、敦盛君や清盛さんも、龍神の神子に封印されちゃうのかな」
「いや…ある程度弱らせねぇと封印出来ないはずだ」
「そっか…」
そんな人が源氏に居るなんて、厄介だなぁ…
「その龍神の神子とやら、随分と…腕が立つそうだな」
「よく知ってるな、知盛」
ずっと黙っていた知盛さんが呟く。
「噂を聞いてな…ククッ、面白い戦になりそうじゃないか」
「面白い戦ってな…」
呆れる将臣君をよそに、知盛さんは私をじっと見つめた。
「龍神の神子の相手は、お前だ…夕」
「私…ですか?」
「ああ。女武将同士の一騎打ち、だ」
「…はい」
私が頷くと、知盛さんは満足そうに微笑む。
龍神の加護があっても、怨霊を封印することが出来ても…その【神子】に負けないよう、また鍛練を頑張らないと。
***
「じゃ、俺こっちだから」
「本当に一人でいいの?」
「ああ。時子様と帝だけだし…情報収集も兼ねてな。ささっと行ってくるからよ」
「分かった、気をつけてね」
「おう」
そう言って、将臣君は京の西国街道という場所へ、私と知盛さんは屋敷へと向かった。
「……」
「……」
お互い何も話さないけど、すごく心地良い空間が流れる。
まだ少し冷たい夜風に当たりながら、田畑に囲まれた道を歩く。
その時、
「…刀は持っているか」
「はい、持ってますけど…」
どうしたんですか。そう問おうとした瞬間、
―――キィィィン!!
響く音。振り向けば、知盛さんが誰かと刀を交わしていた。
「お前ら平家の奴だろ?!こそこそ源氏の領域に入りやがって!」
ボロボロの鎧を着て叫ぶ男の人は、すごい殺気を放って知盛さんと刀をぶつけている。
「お前は何者だ…」
「俺は頼朝様に仕えていたんだよ!お前らみてぇな輩は始末する!!」
――――キィィィン!
斬りかかってくる刀を軽々と交わし、知盛さんはじっと男の人の目を見る。
「仕えていた、か…もう頼朝には捨てられたようだな」
「?!」
男の人は間合いを置き、知盛さんを睨み付ける。
「捨てられたのにも関わらず、なぜまだ頼朝の為に動く?」
「……」
「そんな事をしても、お前の様な小さな駒など見てもらえんぞ」
容赦ない知盛さんの言葉に、男の人は肩を震わしながら頭をかかえた。
「あああああ!!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいァァアア!!!!!」
喚き叫びのた打ち回りながら、男の人は私が以前見た【あの姿】へ変貌した。
…敦盛君や惟盛さんが苦しみながら変わった、【怨霊】へと。
「人だったのに…!なんで怨霊に…?!」
「……」
戸惑いながら私も刀を抜き、知盛さんの隣で構える。
「ギィシャァァアア!!!」
「っ!!」
男の人…怨霊は、私目掛けて刀を振り落とす。それを受け止めるが、尋常じゃない強さで。
もう無理かもしれないと思った瞬間、
――――シュッ
「ギャァアア!!!」
知盛さんが怨霊を背後から斬り、急に力が無くなった。
その隙に、私も正面から怨霊の心臓付近を思い切り貫いた。
「ア゛ア゛ァアア……!!」
動きが止まった怨霊は、少しだけ、本当に少しだけ…男の人の姿に戻った。
刀で貫いたまま、私は男の人から視線が外せない。
「ぁ、あ…なンで…俺ハ…頼、とモ様に…認めテ…もらえ…ナか…っ……」
涙を流しながら、苦しい、悲しい顔で…
じっくりと黒い灰になりながら、男の人は消えた。
刺していたモノがなくなった刀が、カランと私の手から落ちる。
目の前で起こった事態に、私はただ呆然とする。
「…なんで、源氏の人なのに…怨霊になるの…?」
呟くと、私の刀を拾いながら知盛さんが答える。
「父上が放った怨霊の憎悪が、弱りきった人間を、新たな怨霊にする」
「そんな……」
「今の奴も姿が消えただけだろう。また何処かで、怨霊の種となる」
どうして…?怨霊となってしまったら、成仏どころか、永遠に怨霊のままなの?
「平家だけじゃなくて、源氏の人まで怨霊になるなんて…」
源氏を庇う訳じゃないけれど、これじゃ怨霊同士の終わらない戦いになるだけじゃないか。
知盛さんが、小さく言った。
「…龍神の神子は、怨霊の連鎖を封印し、浄化することが出来るのだろうな」
「浄化……」
龍神の神子は敵だ。絶対負けられない、だけど。
まだ見ぬ彼女に、【怨霊】の悲しい連鎖にピリオドを打ってほしい。と…思った。
20091223