微笑み



一週間が経った。

将臣君に言われた通り、以前重衝さんからもらった舞扇を荷物に入れる。

私達三人は京へ向かう道を馬に乗って歩いていた。


「…あ、あの…知盛さん」

「なんだ?」

「わ、私やっぱり歩きます」

「ここは…お気に召さないか?」

「いえ…そんなんじゃなくて…」


馬に乗れない私は、後ろから抱き締められるような格好で知盛さんと一緒に乗ることになっている。

実際に抱き締められている訳では無いのだが、体が密着しているから恥ずかしい。

そんな私達を見ていた将臣君は、にやけ顔でわざとらしく咳をゴホンゴホンとした。


「あー…二人だけの世界を創るのは結構なんだが〜…俺の目の前でイチャこかねぇでくれるか?」

「い、イチャついてなんか…」

「ふん…有川はまた奇妙な言葉を使うのだな」

「けっ、お前らみたいな奴らをイチャこいてるっつーんだよ」

「ま、将臣君!」



―――あの日。知盛さんが、私を抱き締めてくれた日から。

知盛さんが何を想って私に触れたのか分からない、けれど。


「…夕、疲れてはいないか?」

「…はい。大丈夫です」

「そうか…」


私に対して、こんなに優しい微笑みをしてくれるようになった…

少しは期待してもいいのかな?

好き。と伝えていないのに期待も何も無いかもしれない、でも…

姫としてじゃなく、夕として。知盛さんに見てもらうことが何より嬉しい。


「知盛さん、ありがとう…」

「…ああ」


見つめると見つめ返してくれる。

笑うと、知盛さんも微笑んだ。


「だーかーらー…お前ら俺の身にもなれっつーの!」

「クッ…妬いているのか」

「ああもう…お前を呼んだのが間違いだったぜ…」

「あはは…」


こんな時間が、すごく楽しい。



***




辺りが茜色に染まってきた頃、私達は京に辿り着いた。


「よし、しばらくはこの旅館で世話になるか」

「う、うん」


立派な旅館。さすが平家…お金はいっぱいあるみたいだ。

旅館の馬小屋に馬を繋いで、女将さんに案内されて部屋へと入る。


「それでは、ごゆっくり」

「ありがとうございます」


ぺこりと頭を下げて女将さんが出ていき、将臣君は伸びをしながら寝転がった。


「いやー地味に疲れたな〜」

「あはは、そうだね」


途中何度か休憩をしたものの、長時間の馬での移動はなかなか辛かった。私も少しお尻が痛い。


「あ、そうだ…夕、お前明日暇か?」

「暇って…雨乞いの儀式は?」

「あれは明後日だからな。なぁ知盛、せっかくだし夕に京を案内してやれよ!」


突然の将臣君の提案に、私は驚きの声を上げる。


「な、何言ってるの将臣君、」


確かに、この世界の京都…もとい京を見たい気持ちはある。

だけど、屋敷からずっと私を乗せてくれた知盛さんは、きっと私よりも疲れているはず。

それなのに案内してもらうなんて、そんなの申し訳なさすぎる。


「俺は…構わんが?」

「え…」


知盛さんは女将さんが出してくれたお茶を飲みながら、私をじっと見た。


「お前が行きたいのなら、俺が共に行く」

「知盛さん…」

「…どうする?」


微笑んでくれた知盛さんに、私は少し戸惑いつつ答えた。


「行きたい…です」

「なら明日の昼からで、いいか…?」

「…はい!」


知盛さんは優しい顔をして、ゆっくりと頷いてくれた。


「…決まりだな。じゃあ、明日は俺とお前らは別行動な」

「将臣君はどこに行くの?」

「とりあえず…最近の京の情報収集。兵が何人かこっちに潜んでいるから聞いてくるわ」

「それじゃ手伝った方が…」

「いいっていいって!お前と一緒だったら流石に目立つしな」

「あ…」


あまり顔は知られていないらしいが…環内府と姫が二人一緒に行動していたらバレるかもしれない…


「俺は一人で大丈夫だからよ。お前は知盛の相手してやってくれ」


私の知盛さんへの気持ちに気付いてるであろう将臣君は、ニカッと笑ってくれた。

…ありがとう、将臣君。

こうして、私は知盛さんと初めて二人で出かける事になった。

明日が、待ち遠しいな。





20091107


prev | next
- ナノ -