冷たい優しい手



雪が解け、春が近付いてきた頃。私が夕ノ姫の生まれ変わりであることを、知盛さんが清盛さんに話した。

けれど清盛さんは特に興味も示さなかったらしい。怨霊になった清盛さんは人間だった頃に私を認めてくれた記憶が消えてしまったようだった。

将臣君は、清盛さんは源頼朝に恨みを晴らす為だけに蘇ったようなものだから、それ以外のことは関心がないのではないかと言っていた。

みんなは、信じてくれた。

みんな、私は私だと。私という存在は私だけと言ってくれた。

どこまでも優しい人達。

嬉しかった。

私を認めてくれたことが、本当に嬉しい。


「みんなお前を、大事に想っている」

「知盛さん…」

「気を張るな。お前を支えてくれる奴らは…たくさんいる」

「…はい」


微笑む知盛さんは、以前と違ってとっても優しい表情をしてくれるようになった。

あの…抱き締めてくれた日から。

知盛さんと一緒に居ると、ドキドキする。そして、すごく安心する。

私は、知盛さんが好き…大好き。

誰よりも、知盛さんを守りたいと思った。




***





「夕殿、お久しぶりです」

「経正さん…」


就寝前、庭で空を眺めていると、いつもと変わらない経正さんがやってきた。

宇治川での戦から、会っていない。

…この経正さんは、もう…

そう思ったが、経正さんは以前と変わらない微笑みで私を見つめた。


「夕殿、急で申し訳ないのだが…あなたの舞が見てみたい」

「私の、舞……?」

「はい。是非」


突然の予想外のお願い。

だけど、私は大きく頷いた。

舞扇の代わりに、庭に落ちていた枯れ木の枝を持ち。

何も音がしない暗闇の中…私は心を込めて舞った。





***





小さく、優しい拍手が響いた。


「すごく、綺麗な舞だ」

「…ありがとうございます」

「…夕殿の舞を見る事が出来て良かった」

「……」

「私がまだ人としての理性を持っている内に、貴方の舞を見れて本当に良かった…」

「経正さん…」

「今日の貴方の舞を、私はずっと忘れない」


経正さんは切なく笑って、私に手を差し出す。


「ありがとう…」


こんなにも暖かい表情なのに…交わした彼の手は、驚くほど冷たいものだった。



***




―――次の日。

将臣君に呼び出され、私と知盛さんは将臣君の部屋へと向かった。


「…京…?」

「ああ。京の神泉苑で雨乞いの儀式ってのがあるんだ」


現代では京都にあたる場所で、雨を降らす儀式があるらしい。

部屋の中心で寝転がる知盛さんは、ひどく面倒だという顔で将臣君を見た。


「…で、何故俺と夕が行かねばならんのだ」

「後白河法皇の頼みでな…どっからか夕の事を知ったみてぇで、一目でいいから会いたいんだと」

「…なんだと?」

「で、俺は…遠出してる帝と時子様を迎えに行く用があるし…絶対お前心配するだろうから、一緒に行ってもらおうと思ってな」

「……チッ」


舌打ちをした知盛さんは、ゆっくりと起き上がった。


「行ってくれるか?」

「あの狸に、こいつを見せたくはないが…」

「あの…」


大きなあくびをした知盛さんは、私をじっと見つめた。


「俺が側に居れば、何も言わんだろう…」

「そうだな、知盛がいりゃ大丈夫だろ」

「クッ…」


トントンと話が進み、将臣君と知盛さんと私は、京の神泉苑という場所に行く事になった。


「京は今は源氏の庭だ。俺達の身元がバレねぇよう気を付けねぇとな」

「源氏の庭……そんな場所に私達を呼ぶなんて、その後白河法皇ってどんな人なの?」

「源氏と平家…どちらの味方でもねぇし…政治家みたいなもんだな」

「そっか…」


そんな人に会うなんて…

すごく気が重いけど、この世界に来てから戦以外で屋敷の外に出ることなんて滅多に無かったから、ちょっとだけ嬉しい。

そこが源氏の場所じゃなければ、もっと良かったのにな…


「雨乞いは、白拍子が龍神に舞を捧げて雨を降らしてもらう儀式なんだ。一応、お前も舞扇持ってっといてくれな」

「…舞うの?」

「わざわざ京まで呼ばれるんだ。可能性は高いだろうな。ま、姫じゃない夕の夕を見てもらったらいいじゃねぇか!」


ニカッと笑う将臣君に、私は苦笑混じりで頷く。

…そんな大舞台で、舞えるのかなぁ…?





20091030


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