彼への想い
「木曽、義仲…」
「ああ。次の戦の相手だ」
縁側で将臣君の話を聞きながら、教科書をペラペラとめくる。
「あった…これだね」
「ああ。この木曽義仲って奴は元は源氏なんだが、内部で分裂して源氏から抜けたって感じだな」
「でも…源氏には変わりないよ。こいつも平家を倒しに来るんだから」
「…そうだな」
木曽義仲と対峙するのは近いらしい。私達は教科書を隅から隅まで目を通した。
「うーん…この宇治川で、何とか倒したいね」
「だな。ここから先に行かれちゃ…源氏がうじゃうじゃ居るからなぁ」
ノートに地図を書いて、どんなルートで攻めるかを決める。
「まずは…正面だね」
「そこは俺と経正が行く。二人で敵の目をこっちに向ける」
「わかった。じゃあ周りは、私、知盛さん、重衝さん、敦盛君の4人が先頭で、囲むように攻める」
「そうだな。この戦法、みんなにも伝えてくるわ」
「うん」
***
次の戦も近い…相手は源氏だった奴。絶対に負けられないし、絶対に誰も傷つけさせない。
「…っ!はっ!」
将臣君との話が終わってから空が暗くなるまで、私はずっと庭で竹刀を振り回していた。
「(斜め後ろから刀を振り下ろされたら…)」
「はぁ!」
受け止め、交わし、仕留める。
「(背後からの突きの攻撃は…)」
「…やぁ!」
刀の先をはじき出して、素早く腹部に刺し入れる。
戦のイメージを、決して忘れないこと。
常に予期せぬ攻撃に備えて、相手がどんなことをしに来ようが冷静に受け止めて、仕留める。
「はぁ…はぁ…っ」
竹刀を庭に突き立てて、ゆっくりと膝をついた。
この練習は、きつい。体力よりも精神力が。自分自身を追い込むのがここまで大変だったなんて……この時代にくるまで分からなかったな…
「あ……満月…」
ふと空を見上げれば、漆黒の暗闇に白のまん丸な月が大きく輝いている。
「綺麗…だけど…」
綺麗すぎて、怖い。
そう思った時、背後に人の気配がしてゆっくりと振り向いた。
そこには、今外から帰ってきたであろう、知盛さんの姿。
「…満月は、お気に召さないか?」
降り積もる雪をじんわりと踏みながら、知盛さんは私の横にしゃがみ込んだ。
「…私、は…」
「…」
「満月は、完璧すぎて…綺麗だけど好きじゃないのかもしれません…」
「………」
「十六夜の月が、どこか儚くて…私は好きですね」
そう言うと、知盛さんはほんの少しだけ笑ってくれたような気がした。
「十六夜の月は、まるで…お前のようだ」
「え…」
「完成せず、あえてどこかを欠けて見せ…けれど満月に負けない程の輝きを持っている」
そう呟くと、知盛さんは私の輪郭をそっと撫でた。
「あまり、焦るな…お前には俺がいる」
「知盛さん…」
「もっと、力を抜け…」
「……はい…」
優しく髪を撫でられて、不思議と鍛練で力んでいた肩の力が抜けた気がした。
やっぱり知盛さんはあまり笑わないし、ぶっきらぼうだけど。
私はこの人も、命をかけて守りたいと思った。
20090608