悲しい繰り返し
「夕、そろそろ休憩を取った方が良い」
「あ、うん…そうだね」
ここ二週間程、重衝さんに集中的に舞の稽古をつけてもらったおかげで、基本と少しの踊りはマスターした。
でも、舞ばっかりやりすぎて…剣の稽古をやっていなかった私は、久しぶりに敦盛君と一緒に庭で剣を振っていた。
「先程、藤子殿が持ってきてくれた昼食だ。早速食べるとしよう」
「うん!あーお腹空いた…」
にっこりと微笑んでくれた敦盛君と一緒に、お皿に乗ったおにぎりを口に運ぶ。
ふりかけや海苔が無くても、藤子さんの作ってくれる塩味のおにぎりは、すっごく美味しい!
パクパク食べていると、屋敷から人の走り回る音や話し声が聞こえてきた。
「…今日はやけに騒がしいね」
「…もうじき、戦が起こるからだろう」
「え…」
「今は、その準備中だ」
この前…あったばかりなのに。また戦があるというの?
私は食べる手を止めて、敦盛君を見つめた。
「…敵は、また源氏?」
彼は静かに首を横に振った。
「いや、今度の相手は…」
「夕様!大変でございます!!」
敦盛君が言いかけた時、血相を変えた藤子さんが駆け寄ってきた。びっくりして思わず立ち上がる。
「ど、どうしたんですか?!」
すると、藤子さんは肩を震わせて、今にも泣きそうな目で、小さな声で言った。
「き、清盛様と…惟盛様が…高熱で倒れてしまわれました…っ!」
***
屋敷の奥の部屋まで、敦盛君に手を引っ張られるようにして走った。
一際豪華な襖が見えてきて、敦盛君はそれを躊躇いなく力いっぱい開けた。
「叔父上!惟盛殿!」
敦盛君の声が響く。
部屋の中心に、清盛さんと惟盛さんが苦痛を浮かべて横になっていて。
二人を囲むように、時子さんや将臣君や重衝さん、知盛さんや経正さん達がいた。
「な、んで…」
呟いた私の言葉に、誰も何も言わない。ただ耳に届くのは、寝込む二人の荒い息遣いだけ。
―――ふと。私は教科書で読んだ資料を思い出した。
【平清盛、原因不明の熱病によって死去】
「まさか…そんな…」
こんなに早く起こる事だったの…?それに、惟盛さんまで…
泣きそうになりながら、私はゆっくりと二人に近付いた。
「おお…夕か…ゴホッ」
「清盛さん…」
静かに座ると、清盛さんは震えながら手を伸ばしてきた。私はそれを両手でしっかりと握る。
「夕…そなたには、悪いことをしたな…」
「え…」
「そなたは夕、姫では無いというのに、我には区別が付かなくてな…」
「清盛さん…」
ぎゅっと手を握ると、清盛さんは少しだけ微笑んでくれた。
「だがな…我にとって、そなたも姫も、二人とも…大事な娘のようなものだ」
私は、ずっと清盛さんが怖かった。姫じゃない私を嫌ってるんじゃないかって…ずっと思っていた。
私は何て馬鹿なんだろう。
清盛さんは、こんなにも私を見ていてくれたのに。
「清盛さん…」
柔らかく笑った清盛さんを見て、こんな表情もするのか、と。今更ながらに分かった。
「ゴホッゴホッ!ぐっ…う、ガハッ!げほ…」
「清盛殿!」
咳き込む清盛さんに、時子さんが涙を流しながら近寄った。私もその場に座り込み、顔を覗き込む。
「ハァ…くっ…時子、」
「清盛殿…清盛殿っ!」
「泣くな…そなたの涙に、我は弱い…」
涙の止まらない時子さんに、清盛さんは優しく微笑みかける。
「大丈夫…すぐに会える」
「清盛殿…」
「我は、あやつを…源頼朝を殺すまで死なん…絶対に」
そう言って、清盛さんは天井を見つめた。
「三種の神器の力を借りて…我は、蘇る。何度でも」
「叔父上…まさか、」
今まで黙っていた敦盛君の呟きに、清盛さんは頷いた。
「敦盛、一人では寂しかろう…?もうじき我も惟盛も、お前と同じものになる」
「叔父上…!そんな事をしては…っ」
敦盛君の制するような言葉を聞かず、清盛さんはゆっくりと、そして穏やかに目を閉じた。
「清盛殿…っ清盛殿!うぅ…清盛殿ぉ…っ」
泣き崩れる時子さんを横目に、私は動かなくなった清盛さんを見つめた。
蘇る…
敦盛君だけじゃなく、清盛さん…あなたまで怨霊になると言うの?あなたが何らかの力を使って敦盛君を蘇らせたのは聞いたけど、だからって…
「ごほ…清盛殿、は…逝かれた、のか…」
「惟盛さん…!」
隣で寝ていた惟盛さんは、苦しそうに呟いた。
「私も、もう…駄目です…先日の戦で負った傷が…開いて…きっと…ゲホッゴホッ!」
「いや…惟盛さん!嫌だよ…大丈夫だから、大丈夫だから…!」
「夕さんの…涙を見れるとは…私はなんて光栄なのでしょう…」
ポタポタと涙が溢れて止まらない。
「私も…清盛殿のように…蘇るのでしょうか…」
「惟盛さん…」
「怨霊、に…なっても。花を…愛でることは、慈しむことは、できるでしょうか…」
「出来ますよ…!だって惟盛さん、花が大好きじゃないですか」
惟盛さんはふっと、目を閉じて笑った。
「ありがとう…あなたは一番美しい花だ…」
そして、もう目を開ける事は無かった。
***
清盛さんの『蘇る』という言葉と遺書により、二人の体は保管された。
先日の戦で負った傷口から、疫病の菌や毒が入り込んだらしい。
夜。お祓いだけの葬儀はすぐに終わり、私は赤く染まる空を見上げながら、縁側で座り込んでいた。
どうして、人は死ぬんだろうか?
どうして、大切で、守りたいと思った人は、みんな居なくなってしまうんだろうか?
「私は、未来を知っているのに」
あれだけ、教科書を読んだのに。
「私は、戦えるのに」
惟盛さんが負ってしまった傷を、私が代わりに受けていたら…どれだけ良かっただろう。
「私は…なんでこんな…」
無力なんだろう。
膝を抱えて、声を押し殺して涙を流す。泣いたって何も変わらない事を知っていても、二人の最期は、あまりにも悲しくて。
そして…
死んでしまったのに、また、蘇るなんて…
敦盛君のように、また、怨霊となってしまうなんて。
「これで良いの…?」
死んで、蘇って…それを繰り返すなんて。
「そんなの、悲しすぎる…」
だけど、私には何も出来ない。
きっと二人にまた会えたら、嬉しい気持ちが溢れるんだろう。
真っ赤に染まり流れる雲を、私はただ呆然と見上げた。
平 清盛 平 惟盛
熱病にて死亡
20090318