気になる存在
「夕様…お綺麗です」
「あ、ありがとうございます…」
清盛さんの一言で、今日は私をもてなす宴会をする事になったらしい。将臣君が言うには、平家は毎日宴会をしているらしいけど。
よく分からないまま、藤子さんに着付けをされる。と言っても、十二単などは動き辛いから普通の着物にしてもらった。
それから薄く化粧を施されて。
「…私、こんな格好をしたのは初めてです」
「まぁ…では、夕様は、どのような衣を着られていたのですか?」
「…もっと簡単で、いろんな色の服を着てました」
どう説明したら良いか分からず苦笑いでそう言うと、藤子さんは柔らかく笑った。
「ふふ、全く想像が付きませんわ」
その時、部屋の外で声がした。
「準備できたかー?」
「あ…将臣君、今行く」
慣れない着物…おぼつかない足で歩く私に藤子さんは慌てた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい…大丈夫です」
襖を開けると、着物を少し着崩した将臣君が立っていた。
「夕…」
何となく、気恥ずかしくなる。ちらっと将臣君を見上げると、将臣君も照れた顔をしていた。
「…似合ってんじゃん」
「ありがと…」
将臣君は私の頭をポンと叩いてからゆっくりと歩き出したので、私も付いて行く。
空は茜色に染まっており、もうすぐ夜になる。
***
将臣君に続いてものすごく広い部屋に入ると、私は一気に注目を浴びた。
「まぁ…真に夕ノ姫ですわ」
「少し年若いようだが…あの御顔、間違いありますまい」
「環内府殿といい姫といい…一体どうなっておるのだ」
聞こえてくる言葉に戸惑う。将臣君は特に気にしてる訳でも無いようで、真っ直ぐと進んだ。
「将臣殿、夕様。こちらです」
「重衝、夕の事頼むわ。俺は清盛呼びに行ってくる」
将臣君が行った後、私は重衝さんの隣に座った。
「夕様、お綺麗ですよ」
「あ、ありがとうございます…」
面と向かって言うもんだから、きっと私の顔は今真っ赤だろう。そんなこと露知らず、重衝さんはずっとニコニコと笑っている。
男の人なのに綺麗な顔。知盛さんと本当に似ているけど、雰囲気は正反対だ。
そういえば、知盛さんの姿が見えない。
「夕様、周りの者の言葉など、お気になさらないで下さい」
「重衝さん…」
「悲しい瞳をされております。私に何か出来る事があれば良いのに…申し訳ありません」
「そんな…重衝さん、謝らないで下さい」
自分の事のように顔をしかめる重衝さんに心が痛んだ。
「夕様…」
「私は大丈夫です。気にしていませんから」
しばらく和やかな雰囲気で話をしていると、襖が開いた。
部屋に居た全員が一斉にそっちを見る。
「みな集まっておるな」
清盛さんと将臣君が入ってきた。清盛さんは上座に座ると、私の名を呼ぶ。
「夕、来い」
「は、はい」
重衝さんがそっと背中を押してくれたので、なんとか清盛さんの元へと歩けた。
隣まで行くと、清盛さんは私の肩に手を置く。
「みな、今日は我らが姫が黄泉より還ってきてくれた」
「おい…!」
将臣君がとっさに声を上げたが、清盛さんは続ける。
「…だが見ての通り、年も風貌も姫とは異なる。我は知らなかったが、夕は重盛の幼なじみらしい故」
「…」
「みなの者、夕を快く受け入れよ」
そっと時子さんの方を見ると、時子さんは微笑んで、頷いてくれた。
***
宴会が盛り上がり、お酒でみんなが出来上がりつつある。隣に座る重衝さんは、私に気遣うように言った。
「夕様、先程から飲まれていませんが…お酒はお嫌いですか?」
「嫌いといいますか…私はまだ未成年なので、お酒は遠慮しておきます」
「…未成年…とは?」
あ…そうだ、ここは平安時代なんだった。
「私が居た世界では、二十歳にならないとお酒を飲んではいけないんです」
「なぜですか?」
「えーと…世間では二十歳からが大人と同じ扱いなんです。それでお酒にはアルコールが入ってて…あ、アルコールっていうのは…えっと…その…」
どうすれば良いのかと戸惑っていると、重衝さんは笑い出した。
「はは、すみません、困らせてしまいましたね」
「い、いえ…私もうまく説明できなくて」
「良いのです。では、お茶でも頂きましょうか」
「…はい」
重衝さんは優しい。異世界からきた私を変な目で見ることなく、こうして接してくれる。
煎れてもらったお茶を一口飲んだ時、上座の方で清盛さんが声を上げた。
「夕!…夕!」
酔ってるであろう清盛さんは、荒々しく叫ぶ。私は急いで清盛さんの元へと向かった。
「は、はい。なんでしょうか?」
「今から舞うのだ」
「え…」
清盛さんはお酒を一口飲むと、嬉しそうに笑った。
「また、そちの舞が見たいのだ。早よう舞え」
…舞?そんなの、テレビでしか見た事がない。私が動けないでいると、酔っているのか、清盛さんは苛々したような声で言う。
「…何を突っ立っておる。我は舞えと申したのだ」
「…っ」
将臣君に目を向けるが、酔ってしまったのか、畳の上で寝ている。 重衡さんが慌てたようにこちらに駆け寄ってきた。
どうしよう…!
呆然と涙が零れ落ちそうになった時、部屋の襖が開いた。
「父上、」
現れたのは、知盛さん。
「知盛、どうした?」
「…こいつに用がありますので、舞は重衝にでも頼んで頂けますかな?」
「…仕方あるまい」
知盛さんは清盛さんの返事を聞くと、私の手を握って部屋を出た。
***
廊下を歩き、宴会の騒ぎが聞こえない所まで来た。知盛さんは私の手を離し、無言で縁側に寝転がる。
私も、隣に座った。
「…」
「…」
この前は辛かった沈黙が、今日は不思議と心地良い。私は知盛さんの方へと体を向けた。
「…ありがとうございました」
「…」
「本当に、助かりました」
知盛さんが助けてくれなければ、清盛さんは激怒していただろう。そんな事になれば、私は殺されたかもしれない。
「…父上は、酔うと人が悪くなる」
知盛さんはそれだけ言うと空を見つめた。私も真似をして見上げる。
月は、雲で隠れてちゃんと見えない。
ふと、視線を感じて知盛さんを見ると、私をじっと見つめていた。
紫の瞳が私を捕らえている。
その瞳に魅入り、思わず…ずっと聞きたかった質問を投げかけてしまった。
「…夕ノ姫は、どんな方だったんですか?」
知盛さんは視線を空に戻し、静かに起き上がった。
「…綺麗な、女だ」
「お前の舞う姿は、綺麗だ…」
「…っ!」
頭に鳴り響く声。ずきんと痛み、私は頭を抑える。
知盛さんは少し驚き、私を見た。
「…どうした?」
「な…何でも、ないです…」
なんだろう、この感じ。前にもあった…確かにあった。
この声は、知盛さんだ。
だけど、どうして?どうして知盛さんの声が響くの?
…何か大切な事を忘れてる気がして仕方ない。
「…大丈夫か?」
「は、はい…もう大丈夫です」
「綺麗な、女だ…」
心配してくれる知盛さん。
それは、私が夕ノ姫と似ているからなのだろうか。
知盛さんを魅力する姫…どんな人だったんだろう。
20081125