大丈夫
「…それは真か、重盛」
「ああ。本当だぜ」
清盛は予想通りの反応をした。ちゃんと言わないと、俺みたいに…また『蘇った』とか言われちまう。
「なら早く会わせろ」
「…言っとくが、夕ノ姫じゃねえ。名前は平野夕…俺の幼なじみだ」
「平野…?知らぬ名だな。」
「だから俺の、」
「よい。とにかくその娘を連れてまいれ」
「…わーったよ」
最初から聞き入れてもらえるとは思っていなかったが…やはり難しいかもしれない。だが、夕を守るためには、平家に受け入れてもらうしかないんだ。
「どうにかしねーとな…」
俺は夕の部屋へと向かった。
***
「入るぜ」
「将臣君、」
「…何やってんだ?」
部屋に入ると、夕は何かの本を読んでいた。
「鞄に入ってた教科書読んでたの」
「うわ…懐かしー」
現代語を見るのが久しぶりで、なんだか一瞬、元の時空に戻った気がした。
夕は教科書を閉じて、俺と向かい合う。
「…どうだった?」
「一応、俺の幼なじみって言ったんだがな…まぁとりあえず会わせろってさ」
「…会うの?!清盛さんに?」
「まぁそー言うなって!実際会ったら大した事ねぇからよ」
「そんな…」
「よし、行くか」
「えー…」
困った顔の夕を無理矢理連れて、俺は部屋を出た。
***
屋敷の中心にある清盛の部屋までは遠い。そこに行くまで、夕はずっと暗い顔をしていた。
「大丈夫かなー…」
「俺が付いてるから平気だって。お前は本当の事を言えばいいんだ」
「そうは言っても…」
二人であれこれ話しながら歩いていると、曲がり角から誰かが出てきた。
「将臣殿ではありませんか」
「おう、重衝」
「…っ!姫…?!」
重衝は夕を見て目を見開いた。しかし、異変を感じたのか、困惑した表情で俺に尋ねる。
「にしては…随分とお若い…それに髪型や衣まで違う…」
「…こいつは、俺の幼なじみだ。姫じゃない」
「そうでしたか…とんだご無礼を致しました。どうかお許し下さい」
夕を見ると、びっくりして固まっていた。
「と、知盛さん…?」
「「は?」」
「…あれ……違う人…?」
どうやら夕は、重衝と知盛を間違えたらしい。
「申し遅れました。私は平 重衝、知盛は兄です」
「兄弟…道理でそっくりだと思いました。私は平野夕です」
「夕様、以後宜しくお願い致します」
「様って…」
「夕、こいつはこんな性分なんだ。気にする事ねーよ」
少し三人で話し、俺と夕は清盛の部屋へとまた歩き出す。
「…夕様、本当によく似ていらっしゃる……」
後ろで、重衝が夕を見つめていたとは知らずに。
***
将臣君に連れられて他とは違う豪華な部屋に入った。中には赤い髪の男の人と、優しそうな女の人。
「あの赤い髪の男が清盛だ」
小さい声で言われた言葉に驚く。教科書とはまた随分違うこの人が、重衝さんや知盛さん…そして重盛さんのお父さんで、あの平清盛…
その人は私を見ると、目を細めて微笑んだ。
「そなたが…」
真っ直ぐに見つめられながら、将臣君と座る。私はどうしていいか分からず、なんとなく目線を反らす。
「清盛、こいつが俺の幼なじみの平野夕だ」
「…夕よ、年はいくつだ?」
「…十七です」
「…若いな。だが…真に姫と瓜二つ」
「清盛、でもこいつは…」
将臣君が何か言おうとしたが、清盛さんは扇を広げて嬉しそうに笑う。
「今日は宴をするぞ、我らが姫が帰ってきたのだからな!」
そう言うと、すぐに部屋を出て行ってしまった。将臣君は盛大にため息を吐く。
「あーもう…人の話聞けよ」
「将臣君…」
困っていると、ずっと黙っていた優しそうな女の人が口を開いた。
「将臣殿、夕さん。本当にすみません。あの人は思い込みが激しくて」
「気にしないでください。あなたのせいではありませんよ」
苦笑いで言う将臣君。すると女の人は顔を上げて、優しく微笑んだ。
「…ありがとうございます。夕様、初めまして。私は清盛の妻の時子と申します」
「…平野夕です。将臣君の幼なじみです」
「…本当に姫と似ていらっしゃいますね。しかし、あなたは夕様。姫ではありません。それは理解していますから、どうか…悲しい顔をなさらないで下さい」
「…え……」
「ここでは、あなたと姫を重ねて見る人もいるかもしれません。けれど、あなたは将臣殿の幼なじみです」
「時子さん…」
「私が、清盛殿にきちんと話しておきます。だから、大丈夫ですよ」
大丈夫。
その言葉は、私の心に染み込んだ。
何もかもが分からないこの時代、私とそっくりな姫が存在する時代。
頼れる人は将臣君だけ。
不安だらけだった私に、大丈夫だと言ってくれた。
「ありがとう、ございます…」
「良いのです。私のことは時子と呼んで下さいませ」
「はい…!」
安心と嬉しさで、少しだけ涙が出た。
20081123