視界が霞むその先に








漆黒の空に、ただ一つ輝く月が辺りを照らす。

宴を抜け出した俺は縁側に座り、小さく聞こえる琴や笛の音に身を任せ…ゆっくりと目を閉じた。

この、両手に染み付いて消えない紅い血の跡。洗っても洗っても、疼き、刀を握ると燃えるように熱くなる。

錯覚だと、分かっている。

けれど、人を斬る度に、快感と虚無感が、両手から身体中に巡るように思えて。

いつか、俺は俺に殺されるのかと…


「…知盛様?」


柔らかく辺りに響いた声に、自然と胸を撫で下ろす。俺が振り向く前に、その声の主は俺の隣にゆっくりと座った。


「…ナマエ、」

「宴にもお部屋にも居ないと思ったら…こんな所で、どうされたのですか?」


月見酒もしていませんし、と、ナマエは小さく笑った。

俺は両手を見下ろして、それからナマエを見つめる。



「…お前は、俺が怖くないのか」

「…いきなり何を言われるのですか?私は怖い男の妻になどなりませんよ」


そう言って笑ったナマエは、そっと俺の頬に手を伸ばしてきた。


「…何か、恐い思いをされたのですか?」

「…」

「知盛様の瞳の奥が、哀しそうに揺れております」


慈しむように、優しく俺の頬を包む暖かい手のひら。

その小さな手のひらに、俺は自分の、血に染まった手を重ねた。


「…ナマエの手は、暖かいな…」

「知盛様の手も、とっても暖かいですよ。それに、大きくて安心します」


目を細めて笑うナマエ。俺は頬に添えられた手を握りナマエを抱き寄せた。

こんなに小さくて細くて、だけど、俺を包み込んでくれる女…

ナマエの首筋に顔を埋めて、甘い香りに目を閉じて。

俺は幸せを感じた。



こんな俺の両手を包んで、暖かくて、安心すると言ってくれた。

俺自身が錯覚しているのに、ナマエは優しく、引きずり込まれそうな俺を連れ戻してくれる。

ナマエは、俺の背中にゆっくりと手を回した。


「…今夜は、甘えん坊ですね」

「…嫌いか?」

「いいえ。どんな知盛様も大好きですよ」


そう言って、俺の胸に顔を埋めたナマエを、俺は離さないように強く抱き締める。

さっきまでは、殺されるかもしれないと思っていた両手で、俺は。

ナマエを守りたいと、ナマエにずっと触れていたいと、そう強く思った。





20110728


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