薄紅に溶け込む幸せ







和平が結ばれて、もう二年になる。

この二年間で、長かった源平の因縁はほんの少しだけ回復したように思えるのは、縁側に咲き乱れる桜の薫りに酔ったからか。

けれど和平から二回目のこの春は、不思議と、去年よりも心は落ち着いている。

桜を見上げれば、和平成立の為に戦われた源氏の神子様のお髪と、同じ紅色の世界が広がっている。


「皆様…お元気に過ごされているのでしょうか…」


生き残った数少ない平家一門。今も福原で、みんなが健康でいてくれたらと願う。

私は、和議を結んだ日以来…平家を離れた。


「こんな所にいたのか…」

「…知盛様、」


愛する人と共に。

私達は一門を離れ、今は遠く離れた山の中で、二人だけで生きている。


「…起きたら声をかけろ、と…何度も言っただろう」

「申し訳ありません…桜の花びらに誘われてしまいました」


眉間に皺を寄せて不機嫌に言う知盛様は、私の言葉に従うように視線を庭に向けた。


「……美しく開いているな」

「じきに、満開になりますね」


そう言って笑えば、知盛様はいつものあの独特な笑顔を私に向けて、不適な笑みを口元に浮かべた。


「ナマエが居れば、花見など不要だ」


知盛様の端正な顔が近付いて来たと思うと。

知盛様は私の髪をすくい、口付けをした。

その口付けは一瞬で、ほんの少しだけ離れて、私の瞳を見つめる。

真っ赤な知盛様の目に、私は捕えられて離れられない。


「……知盛様…」

「お前の全てが、俺を魅了している…桜なんて見ずに、俺を見ろ…ナマエ」


知盛様は私の髪を撫で、それから顔の筋をなぞって、私の唇に指を押し当ててきた。

私よりも、ずっと太くて大きくて暖かい…私の大好きな指。


「この可憐な唇から溢れる言の葉は…俺の名だけでいい」


知盛様は奪うように強引に、私に口付けをする。

そして一言、


「ナマエの全てが欲しい…」


そんな瞳で、
そんな声で、
そんな体温で。
そんな事を言われたら。

ああ、私も貴方の全てに魅了されているのだと知る。


「…私もです」


知盛様の背中に手を伸ばす。

優しく押し倒され、桜の薫りに酔いしれるように、まどろみに溶け込んでいった。




20100514



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