貴方と沈む幸せな闇夜
「俺の相手は、源氏の神子殿だ…」
男は言う。
「…私の相手は、源九郎義経ただ一人」
女は言う。
壇ノ浦、長い長い戦いの終焉。戦場に生きた二人の最期。
「ナマエ…来るか?」
「はい…」
「じゃあ、な…」
「さようなら、源氏の皆さん」
―――――バシャンッ…
それを見届けた薄紅色の髪の少女は、涙を流しながら胸元の石を握る。
「知盛、ナマエさん…きっと助けるから…!」
呟いた瞬間、少女は眩い光に包まれる。
「時空跳躍…!!」
―――――
――――――――
「…こんな所に居たのですね、知盛様」
「…ナマエか…」
明日は戦だと言うのに。なんて言葉が続きそうな女の細い腕を、そっと引き寄せる。
抵抗を見せない女の体は、いとも簡単に男の膝に乗った。
「知盛様…冷たい。いつから居らしたのですか」
「ナマエが、来るまで…だな」
「…答えになっていません」
咎めるように言ったナマエは、ゆっくりと知盛の頬をなぞった。気持ち良いのか、知盛は目を細める。
「お前の手は、暖かいな…」
「先程まで、ずっと兵達と明日の事で動いていましたから…」
「…休まず、俺に会いに来たのか?」
「…はい」
腕の中の小さな女、今までずっと、背中を預けて戦ってきた女。はじめて愛しいと…誰にも渡したくないと思った女。
強く抱き締め、口付けをする。お互いを求め、深く、激しく…しばらくして唇を離すと、余裕な表情をした知盛と顔を赤く染めるナマエ。
「ナマエ…」
猫のように顔をすり寄せてくる知盛の髪が顔にかすり、少しくすぐったい。
「知盛様…」
「…なんだ?」
「今宵は、満月ですね…ほら、水面に反射しております」
「ああ…」
先般から見える海と空。まるで月が二つあるかのようユラユラと輝いていて。辺りは、とても静かで。
「明日が最期の戦だなんて、嘘みたい…」
一人ごとのように呟いたナマエの髪を、知盛はそっと撫でた。
「こうして、お前と共に居るのも…最後だ…」
その言葉に、ナマエは微動だにせず。だが切なさのこもった瞳を知盛に向けた。
「…やはり、ここに残るおつもりでしたか」
「ああ…帝は有川に任せてある」
悪びれる様子もなく、むしろ満足そうな顔で。
「知盛様、」
「ナマエは、有川達と行け」
突き放されたような台詞に、ナマエは静かに首を横に振った。
「…いいえ。私もここに、共に残ります」
「…」
「…最期まで、一緒に居させて下さい」
「…お前がそう、望むなら…」
見つめ合って、月に照らされ口付けをすれば。知盛は優しく微笑む。ナマエは、自分の幸せは知盛と共に居ること。知盛と共に逝くこと。そう自負しているのだ。
「知盛様、愛しています」
「…俺もだ」
「知盛様…」
「俺を、こんなにも虜にさせたのは…ナマエだけだ…」
そうして抱き締めあい、静かな船上で、二人は最期の夜を共に過ごした…
そして。
――――壇ノ浦、最終決戦。
「三種の神器はどこ?!」
戦場には美しすぎる声が響く。ナマエと知盛はその少女の前に、ゆっくりと姿を現した。
「帝はとうに逃げたさ…」
「…知盛!」
少女…望美は輝く刃を知盛に向ける。それには目も暮れずに、ナマエは別の男へと視線を送った。
「あなたが、御曹司…九郎義経様ですね」
「いかにも…そなたは平家の女戦武将殿とお見受けする」
「はい」
静かに殺気立つナマエに、知盛は言う。
「ナマエ…お互い楽しもうぜ…?」
――最期の戦を、な。
「…はい、知盛様」
合図は互いの視線。
ナマエと九郎は瞬時に刀を交える。同時に知盛と望美も斬り合い、御座船の上には鉄の響き合う音が鳴った。
「っ!知盛!あなた、どうしてナマエさんまで巻き込むの?!」
「巻き込む?何を言う…あいつは自らの意思でここに居る」
「だからって…あなたはナマエさんを愛しているんでしょう?!」
「愛しているからこそ…共に居るのだ」
「…っ!!」
なんで、知盛…!
このままいけば、あなたはナマエさんと一緒に海に…!
「…っ」
「真っ直ぐな剣だ…!望美と似ている!」
「光栄です…はぁぁ!!」
「く!!」
本当に似ている。しかし…彼女の剣は…人を殺す剣にしては、あまりに真っ直ぐすぎて…読める!
「そこだ!!」
「っ…!」
――――カラン…
「知盛ィ!覚悟!」
「ぐ…っ」
剣が宙を舞った瞬間、ナマエはボロボロの体を引きずり知盛の下へと歩んだ。
「知…盛、様…」
「来るか…?」
「はい…」
その様子を見ていた望美は、剣を納めるのも忘れナマエに駆け寄る。
「ナマエさん駄目…!」
「龍神の、神子様…」
「ナマエさん…あなたは…!」
どの運命でも、二人は一緒に死んだ。私の目の前で…
「どうしたのです…?」
「あなたは、ナマエさんは…なんで知盛と幸せにならないの…?どうしていつも死ぬの…なんで…二人はいつも一緒に…!」
ナマエさんに、幸せになってもらいたいのに。知盛とこんなにも想い合っているのに。
「いつも…?神子様は、不思議な事を言うんですね」
「ナマエさん…!」
「…あなたが見てきた私は、いつも知盛様と一緒でしたか?」
「…はい…」
「そうですか…ならば、この上ない幸せです」
「な…んで…」
「知盛様と、一緒に居られるだけで、私は幸せなのです」
神子様が見てきたという私は、いつも知盛様と一緒だったのでしょう?知盛様と逝くのでしょう?
「ナマエさん…」
「ありがとう…神子様。あなたは生きて…愛する人と一緒に歩んで行って下さい」
「…っ」
望美の頭に、ナマエはゆっくりと手を伸ばした。そして優しくと撫でる。
「あなたなら、きっと大丈夫です…ありがとう…」
離れたナマエの手は、隣の知盛へと伸ばされた。
「ナマエ…」
「…はい、知盛様」
「…じゃあ、な…」
「さようなら、源氏の皆さん」
――――バシャァァン…
「うっ…ひっく…ナマエさん…知盛…!」
「神子…」
「先生…私は…」
「彼女は、幸せだった…」
「…でも!私は…二人を助けようとしたのに!また…!」
「ナマエの温もりを忘れるな。お前が望めば、きっと未来は開かれる」
「…はい」
何度も経験した同じ時空。今度こそ、全てが終わったら…私はナマエさんと知盛を助ける。
「…必ず、助けるから…」
水面には、二人の血が混ざり合い、まるで花のように揺らめいている。
「…時空跳躍!」
――――
――――――
―――――――…
―――福原。
「和議が…?」
「…ああ」
私は自分の耳を疑った。そんな、まさか。清盛様と鎌倉殿が和議を結ぶなんて。
「…本当なのですか?」
「…俺の言葉が、信じられぬか?」
知盛様は嘘は言わない…それは私が一番よく知っている。
「…っ」
「…泣くな」
和議が結ばれたら、もう戦はしなくて済む。それが嬉しくて嬉しくてたまらない。
涙を拭ってくれる知盛様の胸に飛び込んで、抱き付く。
「…私、夢を見たんです」
「夢…?」
「はい…」
私と知盛様、二人で一緒に、闇のなかに墜ちていく夢。一緒に死ぬ夢を。
「…」
「誰かが泣いていて、叫んでいて。だけど私達はもう闇の中で…寒くて、冷たい夢を」
「…俺も、見た」
「え…」
「お前と死ぬ夢を」
知盛様は、私の首筋に顔を埋めて、小さく呟く。
「…長い、長い夢だった」
「はい…」
「これは夢か…?」
「いいえ、これは真にございます…だって」
顔を上げて、知盛の頬に手を伸ばす。
「私も知盛様も、こんなに暖かい」
「ナマエ…」
その紫の瞳に吸い寄せられるように、静かに唇を合わせる。お互いの存在を確かめるように…
悪夢は終わった。
私達は、生きている。
これからも、二人で生きていく。
――――
ナマエさんは、平家の人。そして、知盛と想い合っている人。強くて優しくて、源氏の私にだって…それは伝わった。
始まりは、私が逆鱗を手にする前…燃える京屋敷。
「龍神の神子様!」
「あ、なた…誰…?」
たった一人、放心状態で泣く私を、ナマエさんは抱き上げた。
「こちらでございます!」
連れてこられた場所には、白龍がいて。
「白龍…!」
「神子!」
泣きながら白龍に抱きつく私の頭を、ナマエさんは撫でた。
「龍神があなたを守ってくれます」
「あなた…平家の人でしょ…?なんで…?」
悲しそうに眉を潜めたナマエさんは、泣きそうな、だけど優しい微笑みを浮かべた。
「…我が一門の残虐、本当に申し訳ありません。許しを乞いたい訳ではございません、ただあなたは、こんな所で死んではいけないと思ったのです」
「…」
「神子様とは、出来れば違う形で出逢いたかった…」
「あなたは…」
「…私はそろそろ戻ります。どうか、ご無事で…」
「待って…!」
―――――――
それから、私は時空を超えた。
そして、どんな場所でもナマエさんと出会った。もちろん、敵として。
あの時の事…ナマエさんは知らないはずなのに。なのにどうしてだか、彼女はいつも私に優しかった。
そして、いつも死んでいった。
「あなたは、生きて下さい」
「私は知盛様が居れば、例え死んでも幸せです」
「神子様も、愛する方と幸せになって」
助けたい…あの時私を助けてくれたナマエさんを。敵なのに、私に優しくしてくれたナマエさんを。
「時空跳躍…!!」
目指すは、和議。
20120803
怨霊になってまで戦にこだわる清盛に不信感が募ったナマエは、怨霊を浄化できる龍神の神子を影ながら助けてた。
という裏設定。