気ままに心を奪われる






「知盛様、朝ですよ」


呼びかけても返事がないのは当たり前。体を揺すっても微動だに動かないのも日常。


「もう…知盛様!」


私の上司…兼恋人は、寝起きがすこぶる悪い。

まるで猫のように丸まって寝ている彼…知盛様は、深すぎる眠りに入っているようで。


「くっ…!なん、で…動か、ないっ…の!!」


布団を剥がそうと無理矢理引っ張っても、ものすごい力で掴んでいるのか…全然めくれない。


「もう…知盛様!朝食に遅れてしまいますよ?!」

「…」

「はぁ…」


どうしてこんなに寝起きが悪いんだろうか?確かに知盛様は、屋敷ではいつもダラダラしてるけどさ…

戦の時は嘘のように俊敏なのに…なんでだろうか…全く分からない。


「知盛様ー…」

「…」

「返事して下さいよ…」

「…」


いっそ踏んづけてやろうか?それとも水でもかけてやろうか…いや、そんなことしたら、私の命が危ない。


「もう、本当に起きない…」


いつもならこの辺で諦めるのだが、上司である知盛様を連れて行かないと…私が重衝様に怒られるのだ。

もうあれは嫌だ。怒った重衝様は…それはそれは黒くて、ものすごく怖い!

何としても知盛様を朝食の場に連れて行かなけば!


「知盛様!お願いですからどうか起きて下さい!」

「……」

「早く!朝食いらないんですか?!」


布団にくるまっているので、正確な顔の位置は分からないけれど…耳元付近で大きな声を出す。


けれど…


「……」


彼は起きない。


「あーもう…知盛様の馬鹿!」

「誰が馬鹿だと…?」

「!!」


むくっと布団から顔を出した知盛様に、目が丸くなる。

起きてたの?!っていうか聞こえてたんなら返事くらいしてよ…?!


「…で。誰が、馬鹿だと…?」


布団からわずかに覗く知盛様は、眩しそうに目を細める。


…ちょっと、可愛い!


「ぶふ…!」

「…? 何を笑っている…」

「い、いえ…申し訳ないです…ぶふふっ!」


寝癖であろう、少し跳ねた銀色の髪とか、眉間に寄せられた眉毛とか、少ししか開いていない瞳とか…

なんだか全部が可愛くて、中々見ない上司のそんな姿が面白くて仕方ない。


…あ。


「笑ってる場合じゃなかった!知盛様!早く起きて下さい!」

「まだ眠い…」

「駄目です!知盛様を連れて行かなきゃ、私が重衝様に怒られるんですよ!」

「……」


そう言うと、布団の隙間から私をじっと見つめてきた。


「知盛様…?」

「来い…」

「え…ぬぉ?!!」


いきなり伸びてきた手に腕を掴まれて…引っ張られた。


「重衝が怖いなら…共に、叱られれば良い…」

「ちょ、ちょっと何言って…それより何してるんですか!!」


布団の中に入れられた私を、知盛様が抱き締めるようにくっついてきた。

彼の体温で元より温かった布団。知盛様の匂い…

隙間がないくらいに密着した体が、だんだんと熱を持ってきた。

…は、恥ずかしすぎる!


「……」

「やっと、静かになったな…」


耳元で呟かれた低い声に、心臓が跳ねた。


「と、知盛様…っ…はな、離して下さいっ!」

「嫌だ…」

「知盛様っ…!」

「………」


抱き締められた力が緩まないまま、知盛様は黙ってしまった。


「え…あの、知盛様…?」

「……」


唇からわずかに漏れる規則正しい息に、私は静かにため息を吐いた。


「もう…私の上司は、本当に気ままな人ですね…」


すでに眠りの世界に入ってしまっている知盛様に、私はそっと抱きついた。


「そんな知盛様だから…すっごい好きなんですけどね…」

「クッ…そんなに俺が好き、か…」

「なっなな!!おおお起きて…?!」

「誰も寝たとは…言っていない」

「うわー…」

「安心しろ…俺もナマエを愛してる…」

「っ!」


本当に彼は、心臓に悪い。






―――――――






「…で。今朝は二人して遅れた訳ですか」

「も、ももも申し訳ありません重衝様どうかお許し下さい!!」

「はは、別に怒ってやしませんよ?ほら、こんなに微笑んでるじゃないですか」


眩しいくらい綺麗に笑ってる重衝様だけど…目が!目が据わってる…!!


「クッ…重衝、俺とナマエに妬いているのか…?」

「兄上、もっと笑える冗談を言って下さりませんと」

「ひ、ひど…」

「何か?」

「いいいいいえ!!!」


キラキラと微笑みを崩さない重衝様は、そのままの表情でため息を吐いた(怖すぎる)。


「せっかく朝食を用意して下さっているのに、申し訳ない気持ちはないのですか?」

「本当にすみませんでした…」

「ふん、朝食の時間が早すぎる」

「兄上、朝食とは朝に食べる食事だから朝食と言うのですよ。まだ脳は寝てらっしゃるのでは?」

「…重衝、黙れ」

「そうやってすぐに機嫌を損なって、黙れと言われても正論を言っているのは私ですけれど?」

「……」

「全く…上司が上司だから、部下まで馬鹿になるんですよ」


…え、私?


「どうせナマエさんも、兄上に乗せられて遅刻したのでしょう?もっと自分をしっかり持たなけばどんどん駄目になりますよ」

「し、重衝様それは言い過ぎじゃ…」

「何か?」

「いいいいえ!すみません!」

「…ナマエ、行くぞ」


―――ガシッ


「ちょっと知盛様…!」

「兄上!まだ話は終わってませんよ」


――――ガシッ


「え?重衝様?!」


右手を知盛様に、左手を重衝様に掴まれてしまった。


「離せ重衝…」

「いいえ、まだ説教は終わっていません」

「黙れ…行くぞナマエ」

「駄目ですよナマエさん」

「ちょ、ちょっと…!!!」


一度ご機嫌斜めになったらなかなか直らない知盛様と、逃げたら後が怖すぎる重衝様。


…どうしたらいいの?!!





20121108


- ナノ -