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はつ、こい 03

「え?! 二人共まだ部活続けるの!?」


始業式も終わった帰り際にサラリと告げられた事実に目玉が飛び出るのではないかと思うほど目を見開いて驚く。脳内では夏休みの間に想い描いていた理想がガラガラと音を立てて崩れていくのがわかった。春高まで部活漬けってかなり簡単に告げられたけど、春高ってなに? いつ?? それって卒業間近までってこと??
驚きすぎて大声にならなかった事だけは救いだが、あまりに大げさに驚いてしまったせいで二人から不審な目で見られてしまった。


「デコちゃんがそんな驚くことか?」
「あ、いや……。勉強どうすんのかなって思っちゃって」


咄嗟の口から出まかせもいいとこだ。人様の勉強の心配程度でこんなに驚くわけがない。だけど二人にはまさに勉強こそが懸念事項だった様で、それなんだよなと少し困ったように眉間にシワを寄せた。どうやら話の矛先をそらすことには成功したようでほっと胸をなでおろす。
二人は決してバカではないが塾などに通う時間もないし、ほとんどの時間をバレーボールに費やしているはずだから勉強量は圧倒的に少ない部類に入る。それなのに部活を続けるとなれば、さらにその差は開いてしまう。この時期の勉強がどれだけ大切かは再三忠告されているから本人たちも理解しているのだろう。


「やれるだけのことはするつもりだ」
「正直、不安ではあるけどネ。何とかしますよ」


覚悟なんてとうに決めているだろう二人の瞳は揺らぐ事はない。目標に全力で立ち向かう男ってのはどうしてこんなにもカッコいいのだろうか。己の青春の出鼻を挫かれたと勝手に嘆いた自分が恥ずかしくなる。
今日もこのまま部活だという二人に、泣きそうになったら勉強みてあげるからなんて軽口をたたきながら見送ったその背中は先程まで会話していた彼らとはまるで別人のように、ひどく遠くに感じた。


「あ〜あ、もう無理じゃん……」


ポケットから取り出したスマホで春高バレーについて調べてた結果に思わず弱音が漏れる。以前は三月に開催されていたため三年生の出場は出来なかったが、開催が一月に変更になったため三年生でも出場することができるらしい。つまり自由登校になるまで彼らはバレー部員のままだということ。引退後は卒業式くらいでしか顔を合わせる事はなくなるだろう。

やっぱり神様というのはイジワルだし、初恋は実らないというのも本当らしい。

家を出た時の浮かれ具合とは打って変わってどんよりと重たい体を引きずるように帰宅する。外の焼けるような紫外線から逃れられた代わりに、閉め切った暑苦しいむわっとした空気が余計に気分を沈ませた。それは自室の扉を開けても同じで、救いを求める様にエアコンのスイッチへ手を伸ばす。ピッと軽い機械音を響かせたのを確認してから、制服のままベッドへと倒れ込んだ。まだ暑苦しいし、帰ってきたばかりで汗もかいているせいで制服が肌にくっ付いて気持ち悪いけど動く気になれなかった。


「いまさら、諦められるかな……」


告白すると決めてから抑えてこなかった恋心は会っていなかった休み中も日に日に増していたらしく、今日久しぶりに黒尾くんをみて、話す前から顔がにやけるんじゃないかと思うほど嬉しくなっていたというのに。期待などせず諦める努力をしていたのなら、会わなかった夏休みの間に気持ちの整理もできたかもしれない。だが、それももう過ぎてしまったこと。


「ねぇ、どうしたら良いと思う?」


じっと見つめたところで物言わぬこの子が返事をしてくれるわけもないのに、黒尾くん似のこのぬいぐるみに語り掛けるのがすっかり癖になってしまった。問いに対する答えなんてないまま、静かな部屋にエアコンの音が響く。不快だった室内は次第に快適なものへと変わっていき、ほんの少しだけど私の心を落ち着かせてくれたような気がした。


「はぁ、なにやってんだろ」


のそっと起き上がってシワになってしまった制服を着替える。後でなんとかしておかないとと思いながらそのままハンガーにかけ、勉強机へと向かった。勉強を口実に一緒に居ようと企んだ計画も一緒に居る時間がないのだから無駄に終わったけれど、せめて聞かれた時に答えられるようにはしておこう。
今は私のグチャグチャで苦しい恋心などどうでもいいのだ。黒尾くんたちはきっとかなりの覚悟を持って続けると決めたのだろうし、それならばバレーをする彼らを全力で応援したい。告白なんてして、ちょっとでも気まずい雰囲気なんて引きずってほしくないし、今までのように友達として気軽に頼ってもらいたい。
だから、この初恋は胸にしまっておくべきなのだ。


「諦められなかったら卒業式の時にでも告白して、それできっぱりフラれようかな……」


諦められるなら、諦めたい。次の恋をしてみたい。
だけど、いまの状態だと諦められる気がしないのだからどうしようもない。
だったらせめて好きな人の邪魔にだけにはならない様にしようと、脳内にチラつく黒尾くんの姿を追い出しきれないまま勉強に没頭した。



◇◇◇◇◇



「デコちゃんヘルプ〜!」
「まさか今日までの提出のプリントとか言わないよね? クロ?」
「お〜さすがデコちゃん、大正解」
「当たったーうぇ〜い! って、嬉しくないから」


あまり悪びれた様子もなく白紙のプリントを目の前に差し出す黒尾くんに、夜久くんと同時にため息が漏れた。どうやら完全に忘れていたらしく、夜久くんが提出しないととプリントを取り出した事で思い出したらしい。すでに帰りのHRも終了した今になって気付くとか遅すぎるし。練習時間が減るからちゃんとやっておけと叱る夜久くんが少しお母さんみたいだ。


「二人共行かないのか――って、どうした?」
「あ、海! お前からもコイツ叱ってくれ」


同じバレー部員の海くんはいつも一緒に行っている訳ではないけれど、今日は賑やかだったから気になったのだろうか。ギャーギャー言い合っている二人を見るのはよくある事で、直ぐに状況を理解した海くんが笑顔を崩さずに入ってくる。


「いつもすまないな。今度またデコちゃんが好きだと言っていたチョコでも差し入れするからよろしく頼むよ」
「わぁ〜海くん優しい〜惚れる〜! 愛してるから増量でお願いします!」
「ハハッ、了解」


このやり取りも何度目だろうとか思うほど日常と化しているのもどうかと思うが、なんだかんだ言って頼られることが嬉しいのだらか役得だ。黒尾くんだけでなく夜久くんや海くんも気軽に質問してくれるようになったし、バレー部員の役に立ちたいって願いは微力だけど叶っている気がして嬉しい。
報酬も頂けることだしやりますかと黒尾くんに向き直ると、ジトっとした不満げな目で見つめられた。


「俺だってお礼してんのに愛してるなんて言われてませんけど?」
「なにに拗ねてんだよ」


まさかの振りにドクンと盛大に血液が全身に送られる。いくら冗談とはいえ黒尾くんに愛してるなんて言おうものなら声が震えてしまうんじゃないだろうか。目の前の黒尾くんは既に不満げな顔から意地悪そうな顔へと変わっているから揶揄いたいだけで他意はないのだろう。夜久くんに子供かとツッコまれてもやっくんより若いですーなんて数か月の差を言い訳にしているあたり、私がなにか言わないと話しが進まないようだ。


「あーはいはい、クロも好きよ、すき。愛してる〜」
「うわ〜棒読み」
「現物を前にしたらもう少し感情入るかもね。あ! やっくんも愛してるよ〜」
「あー、俺も今度何か持ってくる。いつも悪いな」


ずっと黒尾くんと向き合っているなんて出来なくて逃げるように夜久くんにも振ってみたけれど、真面目な夜久くんにお礼が少なくて悪いと気にさせてしまったようだ。私に勇気がないばかりに巻き添えにして申し訳ない。だけど黒尾くんの視線が自分に向いていると思うと恥ずかして、おふざけは終わりとばかりにプリントを進める様に急かした。

冗談ですらこんなにもドキドキしてしまうというのに。
いつか諦める日がくるのだろうか。それとも、諦められずに本気の告白をする日がくるのだろうか。


「デコちゃん先生おねがいシャーッス」


今はただ、こうやって私を必要としてくれるのならばそれでいい。
そんな当てのない恋心を置き去りにしたまま、次第に秋の気配が近づく窓の外でははらり一枚の葉が枯れて落ちていった。


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