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はつ、こい 02

バレー部というのは噂に違わず練習量が多くて過酷なようだ。
朝練が毎日あるのはあたりまえで、始業式の日以降は黒尾くんが私より早く教室に居たことはない。


「あ、おはよークロにやっくん。今日もお疲れ〜」
「おーデコちゃん、っはよ〜さん」
「おはようデコちゃん」


バレー部の黒尾くんと夜久くんが始業ギリギリに揃って入って来るのはあたりまえの光景で、黒尾くんと挨拶をするようになったら必然的に夜久くんとも仲良くなってしまった。おかげで今ではあだ名で呼び合う仲にまで進展した。
ちなみにデコちゃんなんて呼ばれているが決してイジメにあっている訳ではない。
初日にデコ出しの印象が強かったから、せっかくなのでと次の日はポンパドールにして登校してみた結果、黒尾くんに大うけしたのだ。それならばデコをチャームポイントにしてしまえと、自らデコちゃんって呼んでいいよなんて言ってしまったらみごとに定着してしまった。あの時の私は黒尾くんと会話が出来てちょっと舞い上がっていたのだろう。
夜久くんはデコちゃん呼びを初めこそ言いにくそうにしていたが、それも回数を重ねれば自然と慣れてしまい、今ではクラス中にデコちゃんで名が通ってしまっている。
まぁ、おかげでクラスメイト達が気軽に話しかけてくれるようになったのだからヨシとしよう。


「な〜デコ様高宮様。宿題のプリントなんだけど、ちょーっと見せてくれませんかね」
「また? わかんないとこすぐ諦め過ぎなんだよクロは」
「あー悪い、デコちゃん。俺も見せてもらえるか?」
「やっくんも? ならしょうがないな〜」
「ちょっと待て。この扱いの差はナンデスカね」
「ん〜日頃の行い?」


なんて冗談を言い合える仲というのは本当に楽しくて、こんな日が続けばいいのにと思う反面、加速する恋心に悩まされていた。彼らと関わる機会が増えて嬉しいやら悲しいやら。せっかく諦めると決意したはずの恋心は、黒尾くんを知れば知るほど決意が鈍っていく。
それが分かっているくせに、知ることを止められないのだ。


「そーいや、デコちゃん明日の練習試合見に来るんだっけ?」
「あ、うん。普段は部活があるけど明日なら部活もないし、試合なら見に行っても邪魔にもならないかなって思って」


もうすぐチャイムが鳴るからとプリントを夜久くんに渡してひと段落したところに投げ掛けられた問いに、ドキッと軽く心臓が弾む。別に悪いことでもないのにいちいち反応してしまう心を無理やり無視して平然を装ったというのに、黒尾くんは更なる追い打ちをかけてくる。


「別に普段も邪魔じゃないけどな。せっかくだからカッコいいとこ見せれるように張り切ろうかネ」


なんの含みもない、冗談の延長線だ。そんなことは分かっているのに喜んでしまう自分が情けない。本当にこの恋を諦める気はあるのかって自問自答したくなる。
かろうじて残っていた平常心のおかげで「黄色い声援の練習しておくね」なんて冗談を返したところで助け舟のようにチャイムが鳴った。これ以上の追撃を受けていたら残りわずかな平常心も消え去っていたことだろう。
何事もなかったように入室してきた担任を見つめる黒尾くんの横顔を盗み見る。黒尾くんにしたら本当に何事もなかったのだから仕方ないのだけど、ちょっと悔しい。こっちは冗談一つで狼狽えているのに、その張本人は涼しい顔で飄々としているのだから。
だから、だろうか。バレーをしている姿を見てみたいと思ったのは。

とくにスポーツ観戦に興味もなかったし、彼氏もいなかった私は誰かの部活動を見に行くなんて経験をしたことはない。漫画ではよくあるし行ってもいいのだろうけど、なんでと聞かれても理由が言えないから躊躇っていたのだ。でも友達なら応援に行くくらいいじゃんと軽く言ってのけた友人が一緒に行くと言ってくれたので、明日は初めて部活の応援という青春らしいことをしにいくのだ。

でもこの判断は間違えだったかもしれない。



「滞りなく流れろ 酸素を回せ脳≠ェ 正常に働くために」


そんな独特の掛け声から始まった試合は、あまりにも自分が想像していたバレーとは違っていた。
バレーなんて体育でしか知らずテレビでもろくに見た事がないくせに、いざ本物のバレーを前にしたら漫画でよくあるキャッキャとした黄色い声援なんて考えはボールの音とともに弾け飛んだ。
ひとたびボールが宙に舞えば、息をつく暇もないプレーが繰り広げられる。一瞬でも目を逸らしてはいけない様な気がして、私は食い入るようにボールを追い続けた。その度に視界に入ってくる音駒の選手たちの姿は必死で一生懸命で、それでいて楽しそうだ。


「……すごい」
「でしょ? 私は何回か見てるけどヤバいよね、うちのバレー部。練習量は嘘つかないって感じ」
「うん……」


間に入るタイム中ですらやっと言葉を絞り出せる程度。合唱部なんてがっつり文化部の私では知らなかった世界に圧倒されるばかりで会話らしい会話にならず、結局は慣れる暇もなく音駒の勝利を告げる試合終了の合図が響き渡った。
でも、友達曰くコレは後からじわじわときてヤバいらしい。なにがヤバいのかはそのうち分かると言って教えてくれなかったけれど、理解した時にはすでに遅かった。
試合の衝撃と興奮が収まってきた脳内にフラッシュバックされるのは、先程みた黒尾くんの真剣な姿。飄々としている時もあるけれど真剣そのもので、部長らしく皆を引っ張っていく力をみせる彼は、教室で私にプリントを見せてくれとねだる彼とは別人のようだった。と、嫌でも黒尾くんのことを考えてしまうのだ。


「あ〜〜無理、カッコイイ……あれはズルい」
「ハハッ! ね、後からヤバいでしょ? 月曜日に教室で会うとまたぶり返すから」
「ぶり返すって……そんな風邪みたいな」
「あながち病気で間違ってないでしょ?」


確かに恋は病だとよく聞くけれど、今日の現象について友人は確信犯であったと推測される。が、明らかに楽しんでいる友人をねばりつくような視線でにらんだところで「まぁまぁ」といなされるだけで終わる。普段から恋愛の先輩としてアドバイスを貰っているので立場が弱いのだ。


「っま、体感したとおりヤツはモテる。だから頑張れ」
「早く忘れた方が良いって言ってたくせに……」
「だって忘れるの無理そうなんだもん。だったら頑張って、それから玉砕した方がスッキリするよ」
「ぐっ……玉砕……」


確かにいつまでも諦められないとウダウダしているよりは告白してフラれた方が気持ちの切り替えは出来るのかもしれない。でも私はこれが初恋なのだ。つまりは告白したこともなければ、されたこともない。全くのど素人というやつだ。それなのにフラれるとわかっている相手にいきなり告白するなんてハードルが高すぎるし、せっかく友人として仲良くなれたのにその関係すらも壊れてしまいそうで怖い。
なにより、今日バレーをしている黒尾くんを見て改めて思ってしまったから。彼は本当にバレーが大切で、恋人とデートなんてしている余裕は時間的にも気持ち的にもないのだと。


「せめてバレー部じゃなかったらなぁ……」


なんて、何度そう思ったって事実は変わらない。それに今日また、バレーをしている黒尾くんに恋をしたのだから辞めてほしいとも思わない。
グルグルと堂々巡りばかりの思考に嫌気がさす最中、友人の放った一言はまるで一筋の光の様だった。


「じゃあ引退してから告白したら?」


引退。その言葉自体は知っていたし自分にも関係する事なのに、まるで初めて聞いたかのように頭に響く。
そう、確かに私たちは三年生で、部活動には必ず引退がやってくる。バレー部の大きな試合がいつだとかは知らないけれど、秋ごろには引退していて受験勉強に励むことになるのではないか。
そんな当たり前のことに気付けないほど恋をすると思考が鈍るのかと驚かされる。


「葵ちゃんは黒尾くんが引退するまでバレーを応援しながら仲を深め、引退後に告白して一緒に勉強。これでどうよ」
「天才か!! そっか、そうだよね。引退後なら、ちょっとは可能性もあるかもだしね」


付き合えるかどうかは分からないけど、もしも、もしもだけど付き合えるのなら一緒に居る時間が欲しいし、やっぱりデートもしたい。その可能性があるってわかっただけで絶望の淵から這い上がれた気分だ。

恋に気付いてから初めて楽しい未来の可能性を想像できて私は完全に舞い上がっていた。
告白をしてもいいのなら好きだという気持ちを諦めなくていい。抑えなくていい。引退後は受験勉強が大変だろうから教えてあげられるくらい勉強をしておこうなんて、勝手に意気込んで。自分は引退の時に後輩たちと泣きながら抱きしめ合ったりなんかしてしまったし、完全にその気だった。

そんな私が再び絶望の淵へと落とされたのは、浮かれポンチな頭のまま登校した夏休み明け初日だった。


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