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コールド・ゲーム 04

どうしよう。思い上がりかもしれない。そう思うのに、どくどくとうるさく鳴る心臓は誤魔化されてはくれなかった。
最初に仕事をした時は冷たい人だと思っていた。何を考えているかよく分からないし、掴めない人だと……。なのに、いつの間にこんなに惹かれてしまっていたんだろう。

他の誰に呼ばれても何とも思わないのに、御幸さんに「テーラちゃん」と呼ばれると少しだけ期待してしまう。その声に揶揄いが混じっていれば、何を言われるんだろうと身構えたりもしたけれど、最終的には笑っている自分がいたんだ。
ゆっくりと目を閉じてみると、彼の様々な表情が頭の中を過っていく。真剣な表情。少し怒った顔。悪戯に歯を見せて笑ったかと思えば、柔らかな笑みに変わる。
ああ、なんだ。思い返してみれば、こんなにも欠片は転がっていた。それが少しずつ積もっていって、いつの間にか引き返せないところまできてしまっていたというわけだ。


「かっこいいんだよなあ……」


だけど、現実は思い通りになんていかない。テレビ中継を見ながら缶のままビールを喉へ流し込めば、口の中に広がる苦味と、喉を通り抜けていく刺激が目を覚ませと言っているように思えた。
カメラを通してテレビが映し出すのは、真剣な表情でバッターボックスに立つ御幸さん。今この瞬間、何万もの人が彼に注目している。

――これが、私たちの距離なんだ。
御幸さんはテレビの向こう側の人で、私はただの観客にすぎない。職員だからたまたま彼と関わる機会を持てただけ。
ドームから一歩出てしまえば、私と御幸さんの間に繋がりなんて何ひとつない。好きな食べ物だって知らなければ、どこに住んでいるのかだって分からないし。むしろ知っている事なんて、名前と年齢くらいじゃないの? 
別に、好きになるのは個人の自由だと思っているし問題ないと思うけど、夢に夢を見るような性格じゃないだけに、現状が辛い。顔を合わせて話せる距離が、直接言葉を交わすことが、手が届くんじゃないかと錯覚してしまうんだ。だから、勘違いしちゃだめ。期待しちゃだめだと必死で自分に言い聞かせて、これ以上踏み込まないように心にブレーキを掛けている。


「テーラちゃん」
「……御幸さん。お疲れ様です」
「ちょうど良かった。これ食う?」
「え?」
「コンビニのくじで当たったやつだけど」
「……ありがとう、ございます」


なのに、御幸さんと顔を合わせればそのブレーキも簡単に緩んでしまうのだから困りものだ。
挨拶のあと、差し出した手のひらにぽとりと乗せられたのはチョコレート。二百円あれば買えそうなそれは彼の言う通り、コンビニのくじで当たったものなんだろう。でも、御幸さんからもらったというだけで、私にはそれがどんな高級チョコレートよりも価値のあるものになる。


「あー、仕事でなんかあった?」
「えっと……特になにも?」
「ならいいけど」


不思議そうに首を傾げた御幸さんに、私も首を傾げながら返す。急になんだろうと思っていたけど、直後に頭の上にぽん、と乗せられた手。いつも目の前に差し出される彼の大きな手が、くしゃりと乱雑に髪を乱した。


「あんま浮かない顔してんなよ?」
「っ、」


それだけ言い残すと、振り返ること無く通路へと消えていった御幸さん。
ほら、こういうところだ。彼にはただのスキンシップかもしれないけれど、私はその一挙一動に振り回されてしまう。だめだって分かってるのに、期待しそうになっちゃうよ。
痛いくらいに鳴る心臓は、まるで警鐘のようだ。これ以上は危険だと訴えている。まだ残っている彼の感触を消してしまおうと髪型を整えて、手の中のチョコレートを気持ちごと隠すように鞄の奥へと仕舞いこむ。そして、すうっと大きく息を吸い込んでから、肺が空っぽになるまで吐きだした。
よし、大丈夫だ。


「――って、全然大丈夫じゃない!」
「何? どーした?」
「こっちの台詞ですよ。何でここにいるんですか!」
「テーラちゃんとの打ち合わせ?」
「絶対違いますよね!?」


誤魔化して、見ない振りして耳を閉ざして。漸く気持ちを押し込んだと思った矢先に現れては私の心を掻き乱していく。早くどうにかしなければ、このままでは仕事に支障が出てしまいそうだ。
暑いし蒸れるし重いけど、テーラちゃんが全身着ぐるみでよかったと思う。表情も態度もテーラちゃんに身を包んでしまえば隠すことが出来るから。
御幸さんが鈍感なのか、まだ私の気持ちはバレていないようだけど、このまま接し続けていれば勘付かれるのも時間の問題な気がする。そうなれば、テーラちゃんとしてでも接しづらくなってしまうだろうから、出来るだけ顔を合わせるのを避けようと思っていたのに。


「へえ。こんなのまで売ってるんだな」


まさか、こんなところに来るだなんて思わないじゃないか。いつも顔を合わせるのは関係者の通路だったり更衣室付近ばかりだったのに。ここはドーム内のグッズ売り場ですよ? まだ開場していないとはいえ、選手が来るような場所じゃない。なのに御幸さんは素知らぬ顔で現れたかと思えば、商品を眺めながら普通に話しかけてくるものだから頭を抱えたくなる。


「テーラちゃんが作ったやつはねぇの?」
「そんな簡単に採用されませんよ」
「ははっ、だよな」
「あ、でもこれ! これは私も少しだけ携わったんです」
「へぇ、すげーじゃん」


定番の選手のタオルやユニフォーム。クリアファイルにマスコットキャラクターのぬいぐるみ。一つ一つに愛着があるからグッズの話をしていると楽しくて自然と笑顔が浮かんでしまう。
御幸さんが興味深そうに覗き込んでいる後ろから一緒に覗いてみれば、そこには選手個人が写ったキーホルダーがあった。


「スゲー愛想笑いじゃね?」
「御幸さんがですか?」
「ははっ。まあ、俺もだけど」


一つ手に取り、おもしろそうに笑いながら零す一言。御幸さんから他の選手の事を聞くのが新鮮で、私もつられて笑ってしまう。写真を撮った時を覚えていないだとか、いつ撮られたのか分からないだとか、グッズを見ながら話していると気も緩んでしまって、つるりと本音が口から滑ってしまった。


「私の考えたものも、早く並ぶといいなあ」
「何かいい案でもあんの?」
「この前、御幸一也等身大タペストリーを提案してみたんですけど」
「はあ? 前もそんな事言ってなかったか?」
「絶対一部に需要あると思うんですよね!」
「いやいや、無いって」


御幸さんがここに来て困っていたはずなのに、そんな事も忘れて楽しんでいる自分にふと気づく。ああ、もう。こうなる事が分かっていたから避けようと思っていたのに。心にブレーキをかけるだなんてどの口が言ったんだか、と内心で自嘲しながら、緩んでいた口元をきゅっっと引き締める。


「御幸さん」
「ん?」
「練習、もう始まるんじゃないですか?」
「あー、まだ大丈夫だと思うけど」
「私は少しやらなきゃ行けない事があるので」


さっきまでとは違うつくり笑い、抑揚のない声。わざとらしく彼との間に一線を引いた。
もちろん御幸さんだってそれに気づいたんだろう。怪訝そうな表情を浮かべながら、探るような視線を向けてくる。


「では、失礼しますね」


けれど、それを跳ね除けるように軽く一礼をしてくるりと背中を向ける。
よそよそしい態度だったのも充分すぎるくらい伝わっただろう。御幸さんと距離を置くのも、これ以上踏み込まないのも全部自分で決めた事なのに、彼に背中を向けた瞬間、なんだか泣きたくなった。


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