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コールド・ゲーム 03

御幸さんの目の前で転んでしまった事で、随分と彼の印象に残ったらしい。私の事を認識してもらえたのか、顔を合わせれば一言二言、言葉を交わすようになった。今までは気にしていなかったが、話すようになると意外と顔を合わせる機会が多い事に気付く。
御幸さんは私の事をマスコットキャラのテーラちゃんという名前でインプットしているのか、自己紹介をしたのにも関わらず「テーラちゃん」と呼んだ。呼ばれる度に「今は高宮です」と訂正していたが変えてはくれず、同じ事を繰り返す内に面倒くさくなって諦めてしまったが、このままでは定着してしまいそうで少し焦る。


「テーラちゃん、次のテーラちゃんいつ?」
「その言い方紛らわしくないですか」
「そう?」
「テーラちゃんは……明日、ですけど」


さして興味も無さそうな顔で中の人の仕事を尋ねられたのは、御幸さんと会話するようになって何度目かの事だった。なぜ予定を聞かれたのかよく分からなかったが、素直に答えれば「ふーん」という相槌だけが返ってくる。


「あの着ぐるみって動き辛くねぇの?」
「動き辛いし暑いし蒸れるし重いし暑いですね」
「ははっ! つまり暑いんだな」
「今度着てみます?」
「いやー、遠慮するわ」


私相手だと気を使わなくていいからか、かなり砕けた口調で話してくる御幸さん。そういう態度で接せられるとこちらも丁寧に対応するのが馬鹿らしくなってくるというか……。ありえないくらい適当に返してしまっていたが、御幸さんは特に気にする様子もなくこうして話し掛けてくれるので意外と堅苦しいのは苦手なのかもしれない。


「テーラちゃんがどうかしたんですか?」
「んー、また目の前で転ばれるのかと思って?」
「仕事ですからね。そうしますよ」
「だよなー」


含みのある言葉が引っかかったが、揶揄が混じるその表情からは何を考えているのか読み取れない。素直に聞いたところではぐらかされてしまうだろうという事は、今まで交わした彼との会話で分かっていた。

一夜明けた今日、聞いてきた本人は特に変わった様子もなくいつもと同じように練習している。だから余計に一体あの質問はなんだったのか、ただ単に会話の一環として聞いただけなんだろうかと些細な疑問が湧いて出てきたが、テーラちゃんに身を包んでいる今は会話することすら許されないので確認する術はない。
うだうだと考えていても仕方が無いし、とりあえず仕事だ。何も無ければそれでいいし、もし何かあるのなら否が応でもその内分かるだろう。
そんな事を考えながら御幸さんへ向かって一歩また一歩と重い体を動かしていく。「死角からはやめてほしい」そう言った彼の言葉通り正面から近づいていけば、テーラちゃんに気付いたのかこちらへ視線を向けられたのが分かった。

距離が縮まる度にはっきりと見えてくる御幸さんの表情はいつもどおり無表情だと思っていたのに、微かに笑みが浮かべられているのが見て取れる。やっぱり何かあるのだろうかと、その笑みに嫌な予感を覚えつつもゆっくり歩きながらあと一歩のところでいつものように重心を崩してわざと転んでみた。
ぐるりと一変する景色。眩しさに目を細めながら、手足をバタバタと大袈裟に動かす。そうすれば御幸さんは一瞥だけくれて無視し、場内が沸く――はずだった、のに。


「ほら」
「えっ?」


視界に捉えたのは、目の前に差し出された大きな手。最初にテーラちゃんで転んだ時とも、ただの高宮葵の時に転んでしまったあの時とも違う。
ふわりと柔らかい笑みを浮かべながら伸ばされた手に、暫く反応出来ず呆然としたまま見つめてしまっていた。
そんな私を急かすようにひらひらと目の前の手が揺らされたので、慌ててその手を掴もうと重たい手を動かせば、触れそうになったその瞬間にスッと引っ込められる。
空中を掴み、宙に浮いたまま行き場の無い手。狭い視界から見えるのは、先程の笑みはどこへやら。ニヤリと意地悪く笑う御幸さんの顔だった。
――してやられた。そう思ったと同時にどっと沸いたドーム内。いつも以上にどよめきと笑いに包まれているのは、テーラちゃんへの接し方が変わった事によるものだろう。スタッフさんに手伝ってもらいながら起き上がる最中も、笑っているせいで小刻みに震える御幸さんの背中から目を離す事が出来なかった。



◇ ◇ ◇



「何か最近テーラちゃんのシフト多くないですか?」
「ああ、それなー。高宮がテーラちゃんの担当してると、なんでか御幸選手が絡んでくれるんだよな」
「えぇ……なんですかそれ」
「お客さんも喜んでくれるし、お前のシフト増やせって上からのアレだよ」
「別に誰でも一緒だと思いますけど」


タブレットに表示される予定を見ながら目の前の上司に疑問を投げかけてみたけれど、返ってきた言葉に更なる疑問がうまれる。
確かに最近は御幸さんが結構絡んでくれるようになったと思う。イタズラとか揶揄うのが殆どだけれど、今までのテーラちゃんと御幸さんの関係が変わったのは間違いない。
でも、お客さんが見てるのはテーラちゃんと御幸選手であって、その中に誰が入っていようと関係ないじゃないか。それは御幸さんだって同じでしょう? 中に入ってるのが私であろうとそうじゃなかろうと、テーラちゃんに対しての態度は変わらないはずだ。現に今までだってそうだったんだから。


「ちなみに、そのシフト表御幸選手にも渡してあるから」
「え、何でですか?」
「その方が絡みやすいだろ?」
「意味が分かりません」


余程不満が顔に出てしまっていたんだろうか。上司は苦笑にも似た笑みを浮かべながら「一度見てみれば分かる」それだけを言い残して出て行ってしまった。
見れば分かるって、何をだろう。今日のテーラちゃんは別の人だから、それを見ろってことなんだろうか。壁に掛かっている時計を見てみれば、ちょうどいい時間を指している。百聞は一見にしかずと言うし、グッズの売れ行きでも見ながら見てみるか。

事務所を一歩出ればざわざわとした音と場内アナウンスが耳に入る。どうやら今日も集客率は上々らしい。通路を抜けてよく見渡せる位置へと出れば、パッと開けた視界にテーラちゃんの姿が映し出される。その先を視線で追って行けば、やはり御幸さんの姿があった。


「んー?」


何か違うところなんてある? 首を傾げながら、疑問が唸りとなって口をついてでる。
あ、ほら。いつものように御幸さんに近づいていくでしょ。それで、目の前までいったらわざと転ぶ。うん、同じだよね? それでこの後に御幸さんが――あれ?
無視、した? 転んでるテーラちゃんに目もくれずベンチの方へ戻っていく姿は、少し前なら当たり前の光景だ。でも、御幸さんと絡むのが当たり前になった今ではそれが不自然に見えてしまう。
もしかして、普通と思っていたのは私だけなんだろうか。お客さんの反応を見ても不思議に思っている様子は無くて、楽しそうに笑っているだけ。つまり、今日に限ったことじゃないという事だ。


「うそ……」


やはり思い違いではないかと、その後も日を跨いで確認してみたが同じだった。
私が中に入っている時はちょっかいをかけたりしているのに、私以外だと前と変わらない態度をとっている。本当に私だけ、なんだろうか。あの悪戯めいた笑顔を見るのも、時折見せる柔らかい笑顔を見るのも、私だけ?
どくり。痛いくらいに脈打つ心音を誤魔化すように手にしたタブレットを握りしめた。


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