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コールド・ゲーム 05

シーズンも終盤に入り、ますます盛り上がりを見せる毎日。マジックの点灯目前ともなると、観客の熱の入りようも凄まじい。
そんな中で、私と御幸さんの関係はというと、変わる事もなく相変わらずの毎日だった。テーラちゃんの中にいるときはいつも通りにじゃれ合い、素の状態で顔を合わせれば余所余所しい態度をとる。そんな日がもうどれだけ続いているんだろう。
これだけあからさまに避けているから、御幸さんにも何か変化があると思っていただけに拍子抜けだ。私の態度なんて構わないといった様子で「テーラちゃん」と、飽きもせず声を掛けてくる。


「最近売り上げどう?」
「心配しなくても、御幸選手が一番の売り上げですよ」
「別に心配なんてしてねーけど」


いつもの場所、ドーム内のグッズ売り場。ひょこりと顔を出した御幸さんにちらりと視線を向けたが、すぐに手元に戻して作業しながら言葉を返す。
最初こそここに来た事に驚いたけれど、こうも毎日のように顔を出されると正直またか、と思ってしまう。いや、そう思おうとしている。
だって、どうしても声を掛けられると嬉しいと思ってしまうし、顔を見れただけで浮き足立ってしまうから。自分の気持ちと裏腹な態度を取り続けるのが辛くて、もういっその事避けてくれないだろうかとすら思い始めた。
声を掛けても笑いもせず可愛くない女だと。つまらない女だとそう思ってくれれば諦めもつくのに。


「今日、この後テーラちゃんに入るんだよな?」


並べてあったテーラちゃんのぬいぐるみを掴みとった御幸さん。体格のいいイケメンとファンシーなぬいぐるみって、似合わないようで似合うなあ。なんて、どうでもいい事を考えてしまったのは、御幸さんの表情が今までになく真剣だったせいだろう。


「……そう、ですけど」


だからだろうか。いつもなら逸らす視線が逸らせなくて。鳶色の瞳とかちりと合わさったまま、動かせない。ただそれだけなのに空気が薄くなったように苦しくて、心臓がどくんどくんと大きく脈を打ち始めた。


「あー……」


先に視線を逸らしたのは御幸さんの方で。言葉を探すように手の中のテーラちゃんのぬいぐるみを弄んでいる。珍しいその様子に、何かあるのかとじっと見てみれば、目の前に差し出されたぬいぐるみ。反射的に手を出せば、いつかのチョコレートのようにぽとりと落とされた。
元の場所に戻してくださいよ。なんて軽口も出てこなくて、手のひらをくすぐるふわふわとした感触に意識を持っていかれると、頭上から降ってきた言葉。


「俺、今日ホームラン狙うから」
「え?」
「よそ見すんなよ?」


さっきまでの態度が嘘のようにニヤリと口角をあげた御幸さん。私の手の中にあるテーラちゃんをピンっと軽く指で弾くと、そのまま中へと消えていってしまった。


「え、なに?」


一人残された私は呆然としたまま立ち尽くす。急に何? なんだったの? なんでホームラン? そんな事狙ってできるの? どうして私に言うの? 疑問ばかりが渦巻いていて、ヒントを探そうと会話を思い返してみても、同時に思い浮かぶ御幸さんの悪戯な笑みに心臓が揺さぶられるだけだった。

仕事が手につかないまま時間がきてしまい、今度はテーラちゃんの中に入る。けど、どうしてもさっきの発言が気になってしまっていつものように御幸さんへ絡みにいけない。
それどころか、御幸さんがバッターボックスに入る度にホームランという単語が頭を過ぎって心臓がきゅぅっとなる。
期待なのか不安なのかよく分からない自分の感情に振り回されていれば、試合はあっという間に終盤を迎えてしまった。

8回裏、ワンナウト二、三塁。絶好のチャンスで回ってきた御幸さんの打順。きっとこれが最後の打席になるだろう。ここまでの彼の成績は、ライト前ヒット、センターフライ、センターオーバーの二塁打。大活躍だけれど、予告していたホームランは未だなし。
大きな歓声を受けながらゆっくりとバッターボックスに立つ御幸さんを、テーラちゃんからの狭い視界からじっと見つめる。


「がんばれ」


思わずそう呟いた時だった。
ピッチャーの手から放たれた初球。勢いよくバットを振り抜いた瞬間、どっと湧き上がる歓声。一瞬見失った白球を捉えた時には、既にスタンドへと入っていた。
本当に……打っちゃった。ホームラン、打っちゃったよ。
外野席からも内野席からも響き渡る声。得点時のお決まりである応援歌が流れ始めるが、うるさいくらいのその音が私にはどこか遠くに聴こえていた。

視界に映るのは、ゆっくりとダイヤモンドを回る御幸さんの姿だけ。たった一球。それだけで、私の迷いも躊躇いも何もかもが吹き飛ばされてしまった。
このホームランが何を意味しているのかは分からないままだけど、もう逃げ回るのはやめよう。いっそのこと告白して、綺麗に砕け散った方が諦めもつくしスッキリするんじゃないか。今までの考えとはまるで違う一つの答えが導き出される程に、衝撃だった。

チームメイトとハイタッチを交わす御幸さんは嬉しそうで、笑顔を浮かべながら次々と手を合わせている姿に見入ってしまう。
ベンチの中に戻るのかと思いきや、そのまま歩みを進めてこちらへと向かってくる御幸さんに驚いて、戸惑う。けれど逃げる事も出来なくて立ち竦んでいれば、先ほどまでの笑顔とは違って、どこか困ったような表情を浮かべた御幸さんが目の前に立った。
スッと彼の両手が上がった事で我に返り、ああ、テーラちゃんともハイタッチをしてくれるのか。何だ、びっくりした。と、変に勘繰ってしまった事を申し訳ないと思いつつ、重い両手を出来る限り上へとあげてみれば、突然狭い視界が真っ暗に染まる。


「葵ちゃん」
「ひゃっ」


ありえないくらい近くで聞こえた声。ゆるい拘束と、周りの雰囲気から自分が今置かれている状況を察した。
ほとんど感覚なんてないけど、どうやら今、御幸さんに抱きしめられているらしい。それがテーラちゃんとのいつものファンサービスだと思えなかったのは、彼が私の名前を呼んだからだ。


「葵ちゃん、好きだ」


大観衆の中、私だけに届いた告白。しかも抱擁付き。なんと仕事中。混乱する頭の中では何が起こったのかいまいち理解できていなくて、心臓だけが口から飛び出そうなくらいうるさく動いている。
時が止まったかのように指の一本すら動かせずにいたが、御幸さんが離れていく間際にポン、と肩を叩いた事でハッと我に返った。


「うそ……」


手をバタバタと大袈裟に動かしてみたり、手で顔を覆って照れたような仕草をしてみたりと、テーラちゃんのパフォーマンスをするつもりで動いていたけれど、これが例え素の状態であったとしても同じ事をしていたかもしれない。

テーラちゃんではなく、「葵ちゃん」と呼ばれた名前。御幸さんが呼ぶ自分の名前は特別なものみたいに響いて、胸の中にぽちゃりと落ちてくる。
自分の名前と、好きだという三文字。夢じゃないんだと確かめるように何度も何度も心の中で繰り返した。
恥ずかしがるテーラちゃんを落ち着かせようとするかのように、他の選手たちが肩を叩いたり頭を撫でたりしてくれたけれど、もう仕事になんてならなくて、その後どう動いていたのかあまり記憶にない。上司に何も言われなかったということは、役目だけはちゃんとこなしていたんだと思うけど。



「私も、御幸さんが好きです」


結局、自分の正直な気持ちを伝えられたのは試合も終わってだいぶ経った頃。彼と初めて顔を合わせた閑散とした関係者通路で、彼の驚いた表情と、初めて見る少し照れたような笑顔が記憶に焼き付いた。


fin.



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