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はつ、こい 01

憧れの女子高生となってしばらくは浮足立った気持ちのまま、仲良くなった友人たちと理想の青春について語り合う日々に胸躍らせていた。中学時代の話だったり、これからの授業のことだったり、部活動の話だったり。
そのなかでも一番盛り上がったのはなんといっても恋バナというやつだ。


「あ〜彼氏欲しいな〜」
「やっぱスポーツ青年とかカッコいいよねー」
「わかるー! 筋肉もあって頼りがいあるしね」
「たまの部活の休みに放課後デートってのが最高だよね」


そんな女子トークですら青春だな、なんて楽しみながらみんなの意見に同意する。大好きな彼氏と制服を着て放課後デート。ツーショット写真を撮ったり、一緒に買い食いしたり、おそろいのアクセなんて買ったり。せっかくのデートなんだしぎゅっと腕に捕まって密着なんかしちゃったりして。
そんな妄想でキャッキャと盛り上がりながら、この中で誰が最初に彼氏できるかなーなんて笑い合った。さすがブランドとまでいわれる女子高生。謎の自信と共に夢は広がる一方だった。

ただ、そんな青春を謳歌したいならば絶対に彼氏に選んではいけないともっぱらの噂の人たちがこの学校にはいる。
それが野球部員≠ニバレー部員=B
恋人とたくさん一緒に過ごしたいと考えるならこの二つだけはやめておけ。それは女子たちの間では常識とまで言われるほどのものだった。
だから少女漫画のような恋がしたいな〜とか夢見ている私からしたら絶対に避けたい人選。入学当初から散々話題にあがっていたし、自分でもそれは嫌だなって思っていたはずなのに。

それなのに、恋も知らなかった私がやっと好きという感情を理解した初恋の相手が、よりにもよってあのバレー部の人だなんて……。


「神様ってイジワルなんだな……」


独り言として呟いた言葉が空しく部屋に響く。当然だ。誰もいないのだから。
ボフッと音が立つほど勢いよくベッドにダイブすると、ベッド脇に立て掛けてあったぬいぐるみが私につられるようにコロリと転がった。小さい頃から大切にしている黒猫のぬいぐるみ。その無機質な瞳がジッと私を見つめるだけで胸が苦しくなる。


「……キミが黒尾くんと似てるせいだぞ」


理不尽な責任転嫁をされても何も言わないぬいぐるみの額を人差し指で抑えつける。眉間を押され、目つきが少し悪くなったように見えるぬいぐるみはますます黒尾くんに似ていて自然と息が漏れた。この子が悪いわけじゃないというのに、ひどい話だ。

私が黒尾くんを知ったのは二年になってからだった。花の女子高生になったとはしゃいだ一年生の間に心がときめく事はなく、もしかしたら自分に恋は訪れないのではと少し焦りを感じていた二年の夏。友達が「あの人ちょっと良くない?」と言って指を差した先に彼はいた。
すらりと高い背にプラスされるように逆立つ黒髪。すこし目つきは悪いが顔も整っている方だし、耳に届く声は落ち着いていて心地いい。あぁ、きっと彼はモテるのだろう。そんな第一印象とは別に、ずっと何かが引っ掛かっていた。初めて見る人のはずなのに、どこかで見た事があるような既視感。それが何なのか分からなくてその彼、黒尾くんのことばかり考えていたのがいけなかった。
気になってしまえば自然と目で追ってしまうし、黒尾くんの名前が上がる度に反応してしまう。そんなことをしていたら友人から言われてしまったのだ。「葵ちゃん、黒尾くんが好きなんだね」と。まったく意識していなかったその一言はまさに衝撃だった。


「あ〜〜も〜〜!」


思い出しただけで居たたまれなくなり、黒尾くん似のぬいぐるみを布団の中へと隠した。
これが好きってことなのだろうかと考えだした頃に既視感がこのぬいぐるみのせいだと気付き、それ以降ぬいぐるみに黒尾くんを重ねて見てしまうのだ。その度に妙に気恥ずかしくなるのだから、じっくり考えなくてもこれが恋しているという事なのだと思い知らされる。

だけど、恋を自覚したところで黒尾くんと私に接点はない。むしろ黒尾くんは私の存在すら知らないだろう。そのうえ、黒尾くんがあのバレー部員だったと知ったのは恋を自覚してしばらく経ってからのことだった。


「……しかも、あまり良くない噂も聞くしね」


黒尾くんに恋人がいるという噂。それだけでなく、恋人をほったらかしにしてばかりでデート一つしてくれず、後輩君とばかり一緒に居るらしい。そのせいで記念日もろくに祝えていないのだと。
まぁ、そんなのあのバレー部員なんだから当たり前でしょと思う人の方が多いのだけど、やっぱり黒尾くんが悪者だって意見もある。それになによりも、そんな当人たちしか分かりえない事情が回っていると言うことは、噂の出どころは恋人さんだろうということ。それはつまり、自分で抱えておけないほどの不満があるというとこだ。


「恋人らしいことを望んでいるなら、黒尾くんじゃダメってことだよね……」


自分で隠したはずのぬいぐるみを再び取り出し語り掛ける。変わらず無表情で見つめてくるぬいぐるみの瞳に映る自分の顔は辛気臭そうで、とてもじゃないけど異性から好かれるようなものではない。


「ま、私なんて眼中にないだろうけど」


黒尾くんと恋人さんは近々別れるだろうと皆が囁いている。それを好機と思えないのだから、やっぱり私は黒尾くんを好きになっていてもダメなのだろう。
初恋は実らないというし、恋愛経験値が無いに等しい私には難易度が高すぎる相手だ。ちゃんと異性を好きになれるとわかっただけでも良かったと思って諦めよう。それが一番いいに決まっている。
しばらくは黒尾くんを見る度にときめいてしまうかもしれないが、そのうち初恋は思い出にできるのだと友人みんなが慰めてくれたし。
新しい出会いを求めたりしていれば、いつか時間が解決してくれる。そう願ってすごしたのに……

やっぱり神様ってやつはイジワルなのだろうか。

新しい出会いが沢山待っている三年生へ進級した春。気持ちを切り替えるのには丁度いいと浮かれすぎて寝坊したのは反省している。友人が代わりにクラスを確認してくれていたおかげで直接教室へ行けたので遅刻にはならなかったけれど、きちんとクラス発表を見ていなかったのは私の落ち度だ。余裕をもって確認していたのなら心臓が飛び出るほど驚く事も、第一印象がおかしなやつになる事もなかっただろう。
そう、私は教室に入るなり席だけ確認して滑り込むように着席したせいで、周りなんてちっとも見ていなかったのだ。


「ギリギリでもセーフはセーフ! 問題なし!」
「フハッ、お疲れサン」


ゼーハーと肩で息をしている横から突然響いた声に整えるための呼吸が止まる。まさか、とかイヤイヤそんなわけないとか脳内で否定しながら、心臓を炙らせたまま振り向いた私はお世辞にも可愛いとは言えない顔をしてるだろうな。口が開いている自身がある。


「もしかしなくてもかなりダッシュしてきた感じ?」
「えっと……過去最高記録更新って感じ、かな」
「おーそりゃすげぇな。頑張った成果がデコにも表れてるから見ておきなネ」


そう言われて慌てておでこを抑えると、あるはずの前髪に触れることなくペタリと音を立てた。全力で走ったのだから前髪がさようならするのは当たり前だろう。なんたる失態。
早急に手櫛で前髪を整える私を先程からニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべて見守っている隣の席の男子は、そういえばと改めて口を開いた。


「あっ、俺黒尾鉄朗ね。ヨロシク〜」


知ってます。何て言えるわけもなくて、ドキドキとしながら告げた自分の名前は、チャイムと見事に重なってしまい黒尾くんに届いたかは分からなかった。


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