056.蜂蜜(1)


 聖女の血はミルクとなり、肉はパンとなる。

──では、涙はどうだろう?

「どう思う?」

「さあ、どうでしょう。どなたかに頂いてもらったこともありませんので。とは言っても、そう簡単に美味しく食べられても困りますわね」

「オレが試していい?」

「私に触れることも叶わないのに?」

 問うたはずが逆に聞き返され、ナーティオはぐっと、言葉につまった。

 くそ、どうして教会育ちの純粋培養な聖女様がオレの獲物なんだ。

 捕食者である自分たちには専任の「獲物」というものが存在する。それは他の獲物とは違って、極上の潤いと味を以て捕食者の乾きを癒してくれるのだ。

 だが、捕食者に専任の「獲物」を選ぶ権利はない。喉の渇きがどんなに別の人間を求めようとも、本能に刷り込まれた何かが専任を選べば捕食者である自分たちに抗う術はない。そうして選ばれた専任は人間であった頃の名は捨て、捕食者と共に永遠の時を生きることになるのだ。

 専任のいない捕食者ほど悲しいものはない。常に喉の渇きがつきまとい、どれだけ他の獲物で満たそうとも渇きが消えることは決してない。捕食者一人につき専任は一人とされ、専任を失った後に、新たに専任が補充された例も無かった。彼らの世界で上位に位置するガルベリオがその例である。彼はまだ放浪を続けているのだったか。

──そんなのは御免だ。

 ナーティオはまだ若い。専任を選ぶ年頃は個人差があるというが、まさかこの年齢で選ぶことになろうとは思わなかった。

 しかも、それが聖女と名高い女だなんて。

「……普通思わねえよなあ」

「何がです?」

 思わず口に出た言葉を彼女は聞きとめて、尋ねる。

 見ようによっては深い緑にも見える大きな瞳に、波打つプラチナブロンドの美しい髪。その身を包む服がシスターのそれでなければ人形裸足の美しさだ。

 完全に調子を狂わされたナーティオは頭をかき、お茶の用意が出来たテーブルに飛び乗る。

「あのさあ、お前何歳だっけ」

「お陰様で二十歳を迎えることが出来ましたが」

「そうそう、それだよそれ。年齢の割に落ち着きすぎてるっていうかさあ、普通、もうちょっと取り乱したりしねえか?」

「どうしてですか?」

「どうしてって……そりゃ……オレが吸血鬼で、お前が獲物で」

「吸血鬼のお話は存じておりますわ。何でも人の生き血を啜る方々だとか」

「だから、それがオレ。で、お前が獲物」

「ナーティオ様は世間知らずの私にもおわかりになるように、懇切丁寧に説明してくれましたものね。その点も充分心得ておりますわ」

 胸を張られても、まるっきりこっちの思惑を理解していなさそうな笑顔には不安がつきまとう。

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