055.ジャンクフード(3)
そして姉である自分は、人から血を搾取出来ない弟へこうして輸血パックを差し入れるだけで精一杯である。彼らの世界に入り込む勇気はない。
彼らの世界に、自分の居場所はないのだ。
もう充分すぎるほどわかっていたことを改めて突きつけられると、やはり心は痛いものである。泣きそうになる顔を叱咤し、無理矢理に笑ってみせた。
暗闇だから、わからないわよね。
「……そろそろ時間よ。私も少しぐらい寝ないともたないわ」
「わかった。いつもすまない、礼を言う」
「心がこもってない。慣れない言葉は使うとボロが出るわよ。警備の時間と配置はいつも通り……ただ、最近通り魔があって少し変則的になってるかもね。そこまで保証は持てないわ」
手をひらひらとさせ、背をドアにつけたまま立ち上がる。話すのも笑うのも、動くことすら億劫になり始めていたが、彼に対する小さな嫌がらせだけは忘れない。
自分という人間もいることを、忘れさせない為に。
くわえ煙草でカーディガンに手をつっこみ、髪の毛をかきあげた先で相手ににやりと笑ってみせた。
「まあ、あんたにすればそんなの、ちょろいわよね?」
「当然だ」
言いながらクーラーボックスを肩にかける。綺麗な顔立ちにあの無骨なクーラーボックスは本当に似合わない。これもささやかな嫌がらせのつもりなのだが、彼は気付いてないだろう。
立ち去ろうとする姿を見ていると瞼が重くなってくる。体が本当に限界を訴えていた。
その時、白い手が何かを彼女に向かって放った。慌てて手を差し出すと、暗闇の中でもわかる銀色の袋は放物線を描いて彼女の手の中に着地する。
スーパーやコンビニなどでよく見かける、ジャンクフードの類だった。
「……」
「スクラウディオがたまには何か持っていけと……」
「……少しは慣れない言葉も使ってみなさいよ。馬鹿」
「さっきと言っていることが違う」
「もういい。疲れたから早く寝させて。とりあえず、これには感謝しとくわ」
そうか、と言った言葉の余韻が消える間もなく、彼の姿は掻き消えていた。
手の中にはジャンクフード、一瞬でも期待してしまった自分が馬鹿らしい。充分、理解していた自分の理性は瞬間的に吹っ飛んでしまったようだ。
「……ちくしょう」
口汚く罵ってから再び床に戻り、煙草の火を床に押し付けて消すと、ジャンクフードの封を開けて口に頬張る。これで不味ければ文句の言い様もあるのに、なまじ美味しいのだから何も言えない。
いくら不満に思うところがあっても、体は貪欲に栄養を吸収していく。
もそもそと食べつつ、アリアは目を閉じて天井を仰いだ。
「本当、嫌な奴。最悪だわ」
でも、次に来た時は名前ぐらい覚えておいてやろう。このジャンクフードは免罪符代わりにはなったということね。
そう考えた口許には、僅かに笑みがこぼれていた。
終り
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