055.ジャンクフード(2)


 煙草の煙を深く吸い込んで落ち着きを取り戻し、出来るだけ平静に聞こえるような声を出した。

「弟は……今は何て呼ばれてるんだっけ」

「スクラウディオ」

「妙な名前つけられたもんね」

 疲れた口許に笑みを浮かべる。

 子供の時、母から彼らの話は聞かされていた。今思えば何とも物騒な寝物語だが、古くから伝承として残る彼らの話を聞かせることは、闇に潜む何かがいるということを、小さい頃から教え込む為だったのだろう。

 お陰で大学に上がるまで門限はきっちり守る生活を送れたし、それは弟も同じことだった。

 暗闇には自分たちの理解が及ばない何かが潜んでいるのだと、そしてそれは恐れるべきものなのだと、そう思っていた──弟もそうだと思っていた。

 だが、両親が死に、アリアが病院に勤めだしてから間もなく、弟の行方が知れなくなった。

 彼女の故郷ではそれを「闇に間引かれた」とか伝説めいたものに例えて言うのだが、アリアにとっては大事な弟である。しかし、警察に捜索願を出して数週間経った頃、弟はふらりと帰ってきたのだ。

 新月の夜、街灯の灯りを避けるようにして帰ってきた弟はスクラウディオという呼び名をつけられ、全くの「別もの」の存在となってアリアの前に現れた。

──ごめん、姉さん。ごめんよ……。

 弟は、アリアが幼い頃から聞かされてきた「彼ら」の一員となって、彼女に別れを告げる為に現れたのだった。

「……血を吸われたら、その相手とは一生離れられないんですってね。捕食者と獲物が一生ずっと共に生きるなんて、あの時は何の笑い話かと思ったけど」

「……それは」

 男の声に僅かな感情の乱れが混じる。

 アリアは喉で笑った。

「しかも獲物になった人間は、人間であった頃の名を捨てなければならないときたものだわ。本当、冗談じゃないわよね……」

 煙草の煙が換気されることなく、部屋の天井に蹲り始める。暗い天井の隅で蠢くそれは怪物のようにも見えた。

 一時、その姿を眺めていたアリアはぽつりと呟く。

「ねえ、もう一度聞いていい?どうして私の弟だったの」

「……わたしには彼しかいないと思ったからだ」

「その結果として、弟が獲物でも捕食者でもなくなってしまったとしても?」

「稀にあることだが、それが彼に起こるとは思わなかった」

「まるで自分には責任はありません、って言い方ね」

「生きる為だ。……だが、生きる為だからと言って仕方ないとは言いたく無い」

 固い口調に心底、こちらに配慮する感情が見えた。

 怒ろうとしたのに先手を打たれてはどうしようもない。こんな不完全な部分を弟は好きになり、そして自分も好きになろうとしている。

──でも、駄目ね。

 彼は弟のものであり、弟は彼のものだ。

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