055.ジャンクフード(1)


 ふう、と紫煙をくゆらせてアリアはドアに背中を押し付ける。

 体が鉛のように重い。一晩中、休む暇もなく働き続けて、ようやく寝ようかと思った矢先のこれだ。煙草の一つでも吸わないと、疲労で一杯の体はこのまま溶けてしまいそうである。

「……あんたもさ、人が寝ようかっていう時に来るのやめてよね……」

「仕方ない、こういう性質なんだから。今日はこれだけか?」

 綺麗な銀の髪が暗い部屋の中でも鮮やかに輝いてみせる。羨ましいくらいに美しい顔の持ち主はこれで男なのだから余計に腹立たしい。女だったら妬むのなんて簡単なのに。

 白い手がクーラーボックスを指差す。アリアは気だるそうに頷き、その場に座り込んだ。

「そうよ、それだけ。感謝してよね。病院の白衣の天使様がなけなしの労力と人望でかき集めた、貴重な輸血パックなんだから」

「先週より足りない」

 クーラーボックスを開いて確認しつつ、低い声が不満そうな色を帯びる。

「先週は十あったはずだ」

「ええそうね、今週は五つ。銃創患者に重傷患者、更には貧血のオンパレードで、医学生が輸血パックを無駄使いしてこれでも精一杯って言えばオッケー?」

「とんだ疫病神だな」

「あんたに言われたくないわよ。ついでに言っとくけど私の血は駄目」

「わかってる。契約だ」

 言いながら懐をあさる気配がし、アリアの足元に無造作に束ねられた札束が投げ捨てられる。緩慢な動作でそれを拾い上げ、数えつつアリアは呟いた。

「皮肉よね。人を助ける立場の人間が、人を襲う怪物と契約するなんて」

「共存の一つだ。我々の仲間にも人を襲うことを躊躇う者はいる」

「あんたも?」

「わたしは躊躇わない」

「それ聞いて安心したわ。あんたの食い扶持まで稼いでるなんて思ったら、こんなことやってらんないもの。……料金通りね」

 札束の端をそろえてカーディガンのポケットに突っ込む。

「でも不思議だわ。御伽噺の中の怪物が目の前にいるとはね。そしてそんな奴と私は会話してる」

「嫌か?」

「いいえ。世間では私はあんたを義弟って言わなきゃいけないんだから」

「人間の道理を我々に持ち込まれては困る」

「あんたたちの道理を私たちの世界に持ち込まれても困るんだけど」

「アリア」

「懐かしいわね。男に名前で呼ばれるなんて。……でも出来ることなら今回限りにしてちょうだい。それは弟にしか許してなかったから」

 アリアは青い瞳に険を含ませた。それにどれだけの威力があるのかはわからないが。

 一瞬だけ訪れた沈黙は、一応の効果を果たしたと思っていいだろう。

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