014.飲みかけの500ml


 長いことやっていたバイト。

 ファミレスの接客で、結構時給も良かったから二年くらいやっていた。

 店長も良い人だし、周りの人との関係も良好。

 慣れたバイトにあまり嫌なことはない。

 けれど。

 何だか切れてしまったのだ。

 私の中にある糸が

 ぷつん、と音をたてて一息に。

 切れてしまったのだ。

 多分気付いていた。

 平凡すぎる日々に私が堪えきれなくなっていたことを。

 私はバイトをやめた。

 緊張の糸、我慢の糸、堪忍袋の糸──

 いや、堪忍袋の緒と言うんだっけ。

 私は何の糸が切れたのかよくわからなかった。

 それがある日。変なメールが来てようやくわかった。

[件名 大当たり]

 悪戯にしてはワンパターン。

[本文 このメールを受け取ったあなたには、あるバイトをやる資格があります]

 出会い系?

[レストランでのバイト経験がある方むきのバイトです。当方は登録された方の経験により、バイトをふりあてる形をとっております]

 何だか気持ち悪い。

 それでも指はとまらなかった。

[以下、募集要項。
保険:傷害保険、災害保険
交通手当:無制限
制服:なし。私服(動きやすいもの)で構いません
資格:このメールを当方から受け取った方のみ。転送等で受け取った方にはありません。
普通免許、二輪免許あれば尚良し]

 何だか本当みたいに見える。

 だけど次の一文で、疑惑と不信は吹き飛んだ。

[賃金:日給五万円の基本給以外に特別支給有]

 割の良いバイト。

 もう一押し。

 もう一押し、少しだけ残る疑念を吹き飛ばしてくれるものを。

[当方は出会い系・アダルト等の勧誘ではありません。
政府の認可を取得済であり、また当方への登録により何らかの損害を被った場合には、K高等裁判所にて裁判を執り行うものとします。
また、登録をされた方により当方が損害を被った場合には、同裁判所にて裁判を執り行うものとします。
当方はメール送付対象者のアドレスを、公的な機関(連絡先は以下)より得たのであり、それら個人情報の公開は警察等の要請がない限り、決して致しません]

 今までのバイトよりずっと話が良い。

 公的機関ってどこだろう。色々なアンケートに答えたりしていたから、多分そこからだろう。

 連絡先というのも、きちんと市外局番から書いてある。

[以上を踏まえて納得して頂いた方のみ、以下のアドレスから空メールを送信して頂ければ登録完了です。以降、バイトの指示はメール及び郵便にて行います。
それでは、あなたの登録をお待ちしております]

 言うことなし。文句なんてありえない。

 文体も見た事ないくらい丁寧。

 私は送信ボタンを押した。

 あの変で奇妙に丁寧なメールから一週間、騙されたと思った。

 やっぱりね。怪しいと思ったんだ。アドレス変えなきゃ。

 小刻な振動。

──きた。

 不思議と緊張しながらメールを見る。

[件名 業務連絡]

 久しぶりの丁寧な文に私はほっとしていた。

[この度は登録ありがとうございます。以下、今回の業務内容です。

日:10月27日
派遣先:レストランO
内容:午前11時までに入り、添付写真の眼鏡をかけた男性に届け物]

 宅配?

 何を。

[後程送付される手紙をその男性に渡す。

華美な服装はお控え下さい。
バイトが完了致しましたら、以下のアドレスに空メールを送信して頂ければ、先日指定して頂いた窓口に入金致します。
それでは宜しくお願いします]

 この間と同じアドレス。簡素なメール。

 日給の割には楽な仕事だ。初回だから、わざとそうしてくれたのだろうか。

 次の日、白い封書が届き、その中に薄い青色の封筒が入っていた。

 開封厳禁、と同封の紙が言う。

 これか。

 そして27日。

──居た。窓際の席。

 メールに添付してあった縁無し眼鏡をかけた、サラリーマン風。

 さえない感じだ。この軽い手紙、ラブレターなのかな。

 奇特な人がいたもんだ。

 でも関係ない。

 私は日給五万で雇われたお届けバイト。

 頭の中では五万が踊っている。

 腕時計は10時50分。

 よし。

 自動ドアが開いて、ウェイトレスが私を迎えたが、待ち合わせしてると言って断った。

 自然を装って、男の前に座る。

──きみが?

 大きいグラス。

 500mlぐらいかな。氷が沢山入ったアイスコーヒーは、少ししか減っていない。

──はい。お届け物です。

──ああ、そうか。そうか。きみが。きみが、そうか。

 男はしきりに頷いて封筒を眺めまわす。

──ありがとう。本当にありがとう。

 男は会釈して出ていった。伝票と、封筒を持って。

 良い仕事をしたな。

 あんなに感謝されるなんて、よっぽど大事な物なんだろう。

 うん、良い事した。

 私は空メールの送信ボタンを押した。

 三日後。

 口座には確かに五万円入金されていて、私は半ばスキップ調で歩いていた。

 電気屋のショーウインドウに映った顔はにやけている。

──あれ?

 恥ずかしい自分の顔よりも、ガラスの向こうの顔が気になった。

「……出頭してきたのは被害者、鈴城絵美子さんの同僚、田場直樹容疑者で、警察の取り調べに対して犯行をほぼ認めており、これに対し警察は田場容疑者を……」

──た、ば。

 さえない感じの

 縁無し眼鏡

 サラリーマン風。

──やだ。

 うそ。

 うそ、そんな。

 うそだ。

 そんな、私。

 やだ。

「……尚、被害者の死因は毒殺と見られており、これについても田場容疑者は盗んだと供述し……」

 私は走った。

 走って走って走って。

 あのアナウンサーの声が追い付かない様に。

 家について、部屋に駆け込む。

 久々の長距離走に心臓が破れそうだ。

 その時。

 小刻な振動。

 飛び上がりそうになりながら、メールを開く。

[件名 ご覧になりましたか]

 丁寧な、文。

 飲みかけだった500mlの氷が、頭の中でカランと音をたてた。

[本文 業務遂行お疲れ様です。さて、ニュースはご覧になられたでしょうか。
ご存知の様にバイトでの対象者は犯人となり、その関係者が死にました。
当方はそういった殺人補助及び殺人を請け負う仕事をしております。
この度人員が足りず、条件として「平凡」に飽きた人間を対象にバイト募集を募り、あなたを選んだ次第です。
以降、バイト完了以外の問い合わせやメールは受け付けません]

 何、コレ。

 これは、何。

[尚、警察への出頭、他言、これらのやりとりの記録などされた場合は、当方は相応の処置をとらせて頂きます。
またバイトの無断欠勤や失敗などされた場合についても、同様です。
特別支給はご自身で手を下された場合にのみ支給されます。
これより様々なバイトをお願いするかと思いますが、宜しくお願いします。
それでは長文ご一読、初めてのバイト、お疲れ様でした]



終り


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