071.じゃんけん(4)
リョウは鬱蒼と生い茂る庭の中へ足を踏み込んだ。その背中へ運び屋は暢気な声をかける。
「ついでにお茶の用意もよろしく」
「知るか!」
罵声が答え、リョウの姿はあっという間に木々に隠れて見えなくなる。
それを見送っていた神さまはおもむろに、芋を手に取った。じゃんけんを始めた当初は手をかざすだけで熱かったのに、今では温かさの名残もない。
芋を両手で持ち、ぐっと力を込めて芋を二つに割った。
「……いいんですか?リョウくん怒りますよ?」
「怒るだろうな」
そう言いながら、神さまは半分にした芋の片割れを運び屋に渡す。
「でも、もう戻ってこない。出て行くよ、彼は」
「わかるんですか?」
神さまは自分の芋の皮をむき始める。
「どうだろう。ただ、彼にこの庭はもう必要ない。逆に、この庭ももう彼を必要としない」
「どうしてです?人手はあった方がいいでしょう」
運び屋も皮をむきつつ、答えた。
「そう何度も連れて来られても困るんだが……彼は彼なりに、ここで見つけるものがあったんじゃないか。それをどう形容するのかは、人間のお前に任せておくが」
「食欲?色欲、はないなあ、あの子には。一個の芋程度で争わなくて済むような場所を見つけに行ったとか。……そしたら、ここで見つけられたものって何でしょう?」
さあ、と半分ほどまで皮をむき、神さまは芋を一口齧る。すっかり冷めて、ぼそぼそとした食感になっていた。
「負け方、争い方、勝ち方、見つけ方と、色々あると思うが。なんにせよ、長かったな」
「今まで出て行った人たちも、何か見つけたんですか?」
「ぼくにはわからない。人が本当に見つけたいものは、その人にしか見えないから、ぼくが見たくても見れない」
「神さまでも?」
「そこまで全能じゃない。──ところで、この芋はもっと食べやすくならないだろうか。口の中が乾いてたまらない」
「ああ、じゃあ荷物から牛乳を取ってきましょう。芋に牛乳は合うんですよ」
運び屋は芋を神さまに預け、立ち上がった。
「大事な品物じゃないのか?」
「神さまへの供物にしたと言えば、許してもらえますよ」
運び屋がトラックを停めてある、ここの唯一の出入り口である門まで戻った時、無数の蔦で補強された錆だらけの門の鍵が開いていた。
運び屋はふっと笑い、トラックから牛乳瓶を取り出した。
終り
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