薬/京流
夜。
疲れて自宅マンションへと帰って来た矢先、京さんからの呼び出しメール。
否応無しの呼応する心臓。
内容は『今すぐ来い』との事。
いくら疲れてても、京さんの言う事は俺には絶対で。
靴を脱ぐのももどかしくて急いで部屋に入り、金を入れていた棚を漁る。
京さんに渡す金は、いつ呼び出されてもいい様に自宅にある。
危ねぇけど、銀行に入れて呼び出された日に閉まってたんじゃ意味が無ぇ。
金をカバンの中に入れると、さっき入ったばかりのドアを出る。
眠い。
明日も、仕事。
でもそんな俺の理性的意見は、無いに等しい。
ただ、京さんが呼んでいる。
それが俺には大きな理由。
大通りでタクシーを拾って、京さんのマンションへと向かう。
久しぶり、な気がする。
何度も呼び出されて、される事と言えば決して自分にとって利益である筈は無いけど、楽しみで顔に笑みが張り付く。
お金を払ってタクシーを降りて、京さんの部屋の前。
インターフォンを押す。
…反応がねぇ…。
え、留守?
寝てる?
どうしよう…電話…は、寝てたら起こしてしまう。
それは、ダメだろ。
もう一度インターフォンを押すけれど、やっぱり反応は無かった。
電気も点いてねぇし、留守かもしんない。
部屋のドアの前にズルズル座り込む。
来いって言われたから、待つしか無い。
早く帰って来て下さい、京さん。
それから。
座り込んだ膝に顔を埋めて待って、京さんの靴音が聞こえて来たのが3時間後。
さすがに、寒い。
深夜になってんだけど。
「…なん、まだおったん」
「…お帰りなさい、京さん」
「邪魔」
「ッ、すみません」
上から降って来るのは、不機嫌そうな貴方の声。
ドアの前に俺が座り込んでたから、足で邪魔そうに蹴られた。
いや、実際邪魔って言われたし邪魔だったんだろうけど。
慌てて立ち上がると、俺を見ずに京さんは中へと入ってしまった。
入って、いいんだろうか。
閉じられたドアを見つめ、一瞬躊躇うけれど鍵を掛けられた音はしなかったから、ゆっくりドアを開けて中へと入る。
靴を脱いでると、京さんはソファにジャケットを投げていた。
「遅いねん。何しとん。早よ入るなら入れやボケ」
「すみません」
「ま、えぇわ。金は」
「あ、はい」
京さんの言葉に、ドキッとしながら慌ててカバンの中から札束の入った封筒を渡す。
暫らく会って無かったから、結構な金額。
それを確認する事無く、無造作にテーブルに投げた。
「お前、毎回毎回アホやな」
「え────ッ!」
聞き返す前に、思い切り来た拳。
わからなかったけど、機嫌が悪い、らしい。
吹っ飛ぶ身体を庇いながら、そんな事をぼんやり思う。
痛みには慣れねぇけど、殴られる自分と殴る京さんを、何処か客観的に見る自分がいる。
「きょ…っ」
「煩い」
「ッ…!!」
床に転がった身体に跨がられ、また顔を殴られる。
痛い。
寒い中、待っていた時に冷えた皮膚を殴られる度に切れた様な痛みが走る。
「何やねん腹立つ」
「…ッ」
「何で僕がこんな気持ちにならなアカンの」
「3時間も待たされて帰れやボケ」
「何も知らん癖に」
「なして裏切るん」
「どうせ僕の事なんてわかってくれへんのに」
「好き言うたって無意味やん」
「お前も裏切るんやろ」
「しんどい」
「死にたい」
「きょ、さ…」
貴方が、どんな気持ちでいるのかとか俺にはわかりません。
でも殴る貴方は、痛そうで、辛そうで。
誰を想って、そうなってんの。
俺じゃ、代わりになりませんか。
そう言いたいけど、唇は動かず口ん中は血だらけ。
「なぁ、るき」
─────愛して。
──────殺して。
俺の言葉が届かない様に、京さんの言葉も届かない。
「い……ッつ」
散々俺を殴った京さんはその後、俺を犯して寝てしまった。
数時間、痛くて動けなくてようやく身体を動かすと、あちこちから鈍痛。
痛過ぎる。
後ろが切れて痛い。
動きたくねぇし、血と精液が身体にまとわり付いて気持ち悪い。
でも、帰らなければ。
俺が此処にいても、意味が無い。
京さんが寝る時、いくつも散らばる、市販の睡眠薬の空。
京さん。
薬は使わない主義だったんじゃ無かったんですか。
そんなに飲んで大丈夫なんですか。
聞きたい事はたくさんあっても、言える立場じゃ無い事はわかる。
薬のゴミを拾って、ごみ箱に捨てる。
こんなモンが無くても、眠れる様になったらいい。
俺を、どう扱っても構わないから。
終
20090110
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