第五章
暫くして、着いた所は団子屋だった。
「団子しか無いけど、この店でいい?」
と、聞いておきながら、表に出ている店の長椅子にさっさと座る神威。私も1人分の距離を空けて、神威の隣に座った。
「なんの味でもいいから、団子50人前ね」
「50人前!?」
私と店員の声が綺麗に重なる。神威は笑顔を浮かべたまま、
「そう。早く持ってきてね」
驚いてる店員を急かした。我に返った店員は、慌てて奥に飛んで行った。
「50人前って…お前1人で全部食べるのか?」
「勿論、蛍華にも分けるよ。好きなだけ食べていいから。残りは全部、俺が食べるから大丈夫」
「そんなに、食べれるの?」
驚きを隠せず、神威に尋ねる。神威は目を開けて、私の方へ振り返った。
「天人の本には、夜兎族の食欲については書いてなかったのかな?夜兎は戦いに多大なエネルギーを使うから、その分、食欲が半端無いんだよ。ま、俺は夜兎族の中では大食らいだけど」
じゃあ、神楽ちゃんも結構食べるのかな。一緒に食事した事ないけど…。
なんて事を考えていると、団子が運ばれてきた。流石に、一気に50人前は持ってこれないようで、一部だけだけど。
「はい、蛍華」
神威は一皿、私に差し出した。唐突だったから、思わず受け取ってしまった。
私に渡した後、神威は尋常じゃない速さで、団子を頬張り始める。私は神威から、手元の皿に目を移した。
…団子屋のだから、薬を盛ってる事は無いだろうが…。
「遠慮しないで食べなよ。割といけるよ。やっぱり、地球は美味しい食べ物が多くていいネ」
「地球の食べ物が好きなのか?」
「うん。特に、卵かけご飯が好きだね」
卵かけご飯?え、白米に生卵をかけるだけのやつ?
「漬け物もついてると、尚いいね」
……ダメだ。想像したら、なんかもう耐えられない。
「ぷっ…あはは。最強と言われてる夜兎族のお前が、好物は卵かけご飯に漬け物?随分、質素なのね」
「家が貧乏で、幼い頃から食べてきたものだからね。質素な味覚で良かったよ。おかげで、蛍華の笑顔が見れたし」
言われて、私は慌てて笑うのを止めた。
「あれ?もっと笑っていてよ。笑顔の蛍華、すっごく可愛かったのに」
神威にしては珍しく、残念そうな表情を見せる。
絶対に神威の前で笑うつもりなんて無かったのに…。
私は手につけず仕舞いの団子を置いて立ち上がった。
「どうしたの?」
不思議そうな顔をした神威を一瞥し、直ぐに顔を背ける。
「帰る」
「まだ陽は高いよ。デートはこれからじゃないか」
「お前に笑いかけた自分が腹立たしくて仕方ないんだ。これ以上、お前と一緒に居る気にならない」
「そっかー。じゃ、今日はもういいよ。俺は蛍華の笑顔が見れただけでも、充実したデートになったからね。また今度デートしよう」
また、って…。
「これ以上、と言ったら、今後一切居る気は無いと言う事だ!」
振り返って、キッと睨み付けるが、無駄だった。こいつは、どんなに突き放した態度をしても、ちっとも堪えない。
いつも余裕で笑ってる。
「俺、蛍華が振り向いてくれるまで、諦めないから」
「しつこい。絶対無いから諦めろ」
話を聞かない神威に討論しても仕方ないと思い、屯所へと足を向けた。
「絶対なんて無いよ。特に人の思いや考えなんて変わる」
聞こえない振りをして、足早にその場から離れる。追いかけてきやしないかと心配したが、杞憂に終わり、その日はひとまず安心した。
=続=
2010/06/22
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