第六章
「蛍華、蛍華」
…幻聴だ。これは幻聴だ。こんな夜中の屯所内に、神威の声なんて聞こえる筈が無い。
「蛍華ー?気配で居るのは分かってるんだよ?あ、寝てるのかな。チューしてもバレないかな?」
「……何故ここに居る」
障子を開け、目の前でニコニコ笑う人物をうんざりした目で見やった。
「蛍華と話がしたくて。入らせてもらうよ」
私の許可も聞かず、ズカズカと室内に入ってくる。
「勝手に入るな!出てけ!」
他の隊士達が起きないように、小さめな声で怒鳴るが、神威は文机の前に置いてあった座布団に腰を落ち着けてしまった。
「外で話してたら、他の奴らに見つかる可能性があるだろ?蛍華がそっちの方がいいって言うなら、外で話しをするけど」
「私は、お前と話したくも無い!」
「そう?じゃあ、これから話すのは俺の独り言だから、蛍華はしっかり聞いててね」
…いや、おかしいでしょ。
「独り言を、何故しっかりと聞かないといけないんだ?」
「聞く相手もいなくて、俺1人でブツブツ言ってたら、怪しい人になるじゃないか」
「安心しろ。もう充分に怪しい人物だ。だから帰れ」
開けたままの障子から出るように促した。だが、神威は微笑んだまま動かない。
これ以上開けっ放しにしておくと、神威の姿を見られるかもしれないので、仕方なく一旦障子を閉めた。
「今日は俺の事を話そうと思ってね」
「なんでわざわざ…」
「今のままの蛍華だと、自分の事話さないだろ?だから先に俺の事を、ね」
「興味無い。帰れ」
立ったまま神威に冷たく言い放つが…
「まあまあ。聞くだけ聞いてよ。前に、"絶対は無い"って言っただろ?その理由も含めて話すから」
…少し興味が湧いた。"絶対は無い"と言う、神威の根拠が気になった。
かなり迷ったが、結局、話を聞く事にした。障子から離れ、神威とはある程度の距離を空けて、畳に座る。
「馬鹿げた話だったら、怒るからな」
「やだなぁ。蛍華はいつも怒ってるじゃないか」
「…本当に私の事好きなのか?」
失礼な物言いにカチンとする。
「好きだよ。でなきゃ、蛍華がもっと、俺の前で笑ってくれるように頑張ったりしないって」
「頑張っているように見えないが」
「蛍華がまだ俺を敵視してるから、そう見えないんじゃないかな。心を開けば、きっと違う俺が見えると思うよ」
「…気持ち悪いから、早く話を進めて」
もう既に、こいつの話を真面目に聞こうとする私が、馬鹿みたいに思えてきた。
「気持ち悪いって、大丈夫?背中さすってあげようか?」
「体調じゃない。お前が気持ち悪いって言ってるんだ」
「あはは、酷いね」
笑っていたかと思ったら急に静かになり、神威は目を開ける。
「さて…」
深呼吸した神威が話し出すのを、私は黙って待っていた。
=続=
2010/07/02
[*前] | [次#]
[戻る]