第一章

神威とかいう奴と初めて会って、もう数日が過ぎた。その間、神威とは全く会っていない。

(夢だったと思いたい…)

でも、そう思えない。奴と会った時の事がリアル過ぎて。

「タァァァ!!」

「ちょ、待って、たんまたんま!!」

そう言われ、振り上げた竹刀を止める。

「何、退。もう降参なの?」

「やっぱり、蛍華ちゃんにはかなわないよ。流石一番隊だよね」

苦笑しながら、私が弾き飛ばした竹刀を拾おうとしている。

「まだ稽古に付き合え、コノヤロー!」

「えええ!?」

私が突き出した竹刀を、とっさに避ける退。なんかムカつく。

「どうしたの、なんか荒れてない?」

「あれだろィ。あの日なんだろィ」

「訴えますよ、隊長」

竹刀を下ろして、道場の入り口に立つ沖田隊長を見る。隊長は退の方を見ていた。

「山崎、今日の見廻り俺とペアだぜィ」

「スルーですか」

沖田隊長は、表情を変えずに私に振り返った。

「お前、今日非番だろィ。ストレス溜まってんなら、町に出て発散してきなせェ。それで駄目なら、山崎をボコボコにしろィ」

「俺ェェェ!?」

「寧ろ、今ボコボコにしたいです」

「蛍華ちゃんんんん!?」





結局、退は逃げ出した為、ボコボコに出来なかった。
私は外出用の袴に着替え、腰に刀を差して町に出る。行く当てもなく、ただ歩いていた。

(…そういえば…)

ふと思い出した。私は、夜兎族の事はよく知らない。知っているのは、日に弱くて日傘をさし、肌が白い戦闘民族だ、というくらい。あ、あと絶滅寸前とか。
今の今まで、絶滅寸前の理由なんて知ろうとしなかったし、夜兎族の習性も興味なかった。
私は一旦足を止めて考え込む。

「うん、決めた」

暇だったから、夜兎族の事を調べようと思い、図書館へ向かった。




天人の事が書かれている本を見つけ、それを持って端っこのテーブルに着く。

(こーゆう本まであるとはね。時代よねー)

なんて、どうでもいい事を思いながら夜兎族のページを開いて読み始めた。
私が知らなかった夜兎族の習性などが書かれており、いつしか熱中して読んでいた。

「ふーん。俺の事に興味持ってくれたの?」

突然の声に、慌てて振り返った。その拍子にガタンと椅子が床に擦れる音を立てる。

「か、むい…」

いつから居たのか、相変わらずニコニコした笑顔でそいつは立っていた。
神威はヒョイ、と私から本を奪う。

「この本、よく調べて書いてるなー。でも知りたいなら、俺に聞けばいいのに」

「ここ数日、姿を見せなかった奴に聞ける訳ないだろう」

ふいっと、そっぽを向いて言うと

「暫く会いに行かなかったから、怒ってんの?」

勘違いも甚だしい言葉が返ってくる。

「おめでたい頭してるわね。アンタが会いに来ようが来まいが、どうでもいい。いっそ、来ない方が清々する」

「俺、一応幹部だからね。忙しい時もあって、なかなか会いに来れないんだ」

「アンタ、人の話聞いてる?」

呆れた顔で振り返れば、やっとこっちを見たと言い、本を置いて隣の椅子に座る。

「蛍華は何で女物の着物じゃないの?」

神威は座った途端、無遠慮にジロジロと私の服装を見た。

「着物じゃ帯刀出来ないし、いざという時動き辛い」

「ふーん…。女っぽい格好、似合いそうなのに勿体無い。じゃあ、夜兎族の衣装を贈ってあげるよ」

「夜兎族の衣装?」

怪訝な顔をしても、神威は笑顔で頷く。

「あれなら帯刀出来るし、スリットの深いのなら、動きやすい筈だし。何より、蛍華の生足が見れるからね」

私は無言で立ち上がり、さっさとその場を去る。が、当然のように神威はついてくる。

「どうしたの、蛍華?」

「ついて来るな。変態に話す事はない」

「変態?俺、変な事言ったっけ?」

「生足が見れるとか言っただろう」

「ああ」

納得したしたように呟いたかと思えば、腕を掴まれ、抱き寄せられた。

「な…離せ!!」

「綺麗な足を見たいだけじゃないか。それに蛍華って、夜兎族の衣装、かなり似合うと思うよ。この長い髪を高い位置に一つに纏めてさ」

そう言いながら片方の手で、結んでいない私の髪を梳く。

「馴れ馴れしく触るな!」

苛立った声で、その手を払いのけた。

「そんなカリカリしちゃって。もしかして、あの日?」

「…沖田隊長にも同じ事言われたわ…」

同じ発想をされて、私は呆れ顔で深い溜め息を吐いた。

「沖田ねェ。切り込み隊長だけあって強いよね。蛍華はソイツの事、どう思ってるの?」

「そんな事を聞いてどうする」

「もし好きなら、殺しに行こうかなって思ってね」

いつもと同じ静かな口調だったが、言い知れぬ殺気を感じた。

「…ただの上司よ」

殺気に圧されないように、冷静を装って答える。しかし、神威は

「そーなんだ。でも、いつ恋愛対象になるか分からないし、今の内に始末しようかな」

そう言って、私から手を離して身を翻した。

「ま、待て!!」

図書館だという事を忘れて、思わず叫んだ。
神威は、既に歩き出していた足を止めて振り返る。

「何?」

「そんな下らない理由で、隊長にけしかけるのはやめてもらいたい」

沖田隊長だって、かなり強い。それは分かっている。しかし人間として、だ。夜兎族相手に、どこまで通用するかは分からない。

「もしかして、庇ってるの?うーん…。妬けるから、やっぱり今の内に…」

「だから、やめろって…!」

再び歩き出そうとした神威の肩を掴む。

「じゃあさ」

神威は私に向き直り、私の顎に手を添えて顔を逸らせないようにした。

「沖田にちょっかい出されたくなければ、俺と一緒に来てよ」

笑顔がなくなり、私の目を真っ直ぐ見る。真摯な態度、というより、他に選ぶ道はない、と言っているように思えた。
思惑に嵌るのは嫌だったが、私が行けば隊長に迷惑を掛ける事はない。

「分かった…。一緒に…行く」

そう返事をしたが、神威は暫く黙ったまま私の顔を見ていた。
なんだ?思惑に嵌って、喜ぶかと思ったのに。

「んー…。やっぱやめた」

「はぁ?」

「沖田を庇う為に来られても、嬉しくないや。蛍華には俺の為に来て欲しいから、無理矢理連れて行かないよ」

そう言って私から手を離すと、踵を返して歩き出す。

「ちょ…どこ行くんだ!?」

「安心しなよ、別に沖田を始末しに行く訳じゃない。帰るんだよ。言っただろ?一応、幹部だから忙しいって。サボると口の悪い部下が愚痴って煩いからね」

隊長を始末する為ではないと知って、私はそっと安堵の息を吐いた。

「蛍華の事は、気長に口説くから。じゃ、また今度」

「もう来るな」

キッパリと言っても、神威はニコニコ笑って、手を振り去って行く。
仏頂面で見送った後、椅子に戻る。私は溜め息を吐いて、座り込んだ。

…余計にストレス溜まった。帰ったら、退で発散しよう。


=続=

2009/04/14


[*前] | [次#]
戻る