序章
その日、真選組は攘夷浪士の一斉検挙を行っていた。
真選組の紅一点、蛍華も女でありながらも刀を振り回し、功績を上げていた。
「やるじゃねェかィ」
彼女の上司にあたる、一番隊隊長の沖田は軽く口笛を吹きながら、蛍華の活躍ぶりに感心する。
「女だからって、甘く見られたくないんで」
微笑する蛍華に、沖田も微笑を返して肩を叩いた。
「頑張るのは構わねェけど、一人で深追いすんじゃねェぜィ?」
大丈夫、と即答した蛍華だったが数十分後には一人で路地裏に入って行った。
「…おかしいな。確かに、人影があったんだけど…」
「君…人間の女にしては強いね」
独り言を呟いた瞬間、背中から声を掛けられる。蛍華は反射的に振り返って、刀を構えた。
そこに居たのは、晴れているのに傘をさし、肌が白く、ニコニコと笑みを浮かべている男。
「あなた…もしかして夜兎族?」
「御名答。そして、ノコノコと一人で来てくれてありがとう」
この言葉に蛍華は、誘い込まれたと悟った。だが動揺は見せないようにフ…と笑う。
「人間一人殺すのに、わざわざ誘い込んだの?夜兎族らしからぬ、慎重な行動ね」
「やだなァ。誰も殺すとは言ってないだろう」
「…それもそうね。あなたが天人と言えど、別に敵という訳ではないし」
「いや、敵なんじゃない?俺は、春雨第七師団団長の神威」
春雨、と聞いて蛍華の表情が厳しくなる。
「堂々と名乗り上げるとはね」
今にも切りかかって来そうな蛍華を見て、神威はケラケラと笑った。
「俺は君と闘う為に、誘い込んだんじゃないよ?あ、ところで君の名前は?」
「西南…蛍華」
警戒しながらも、ゆっくりと答える。
「成る程、蛍華ね。君、俺の子供孕んでくれない?」
神威のストレートな言葉に、蛍華は目が点になった。
「…は?なんて言った?」
「あれ、言い方まずかった?えーと、つまりはプロポーズしてんだけど」
「どーいうプロポーズ!?おまけにお付き合いもすっ飛ばし!?それより、さっき会ったばかりじゃないの!!」
刀は構えたまま、つい突っ込みを入れる。
「そーなんだよね。柄にもなく何故か一目惚れしちゃってさ」
軽い言い方に蛍華は、ひょっとして、からかっているんじゃないかと思った。
「私は、知らない奴と付き合うつもりはない」
「じゃ、これから知ってよ」
神威の足が蛍華に向かって歩み出す。
蛍華は目つきを鋭くして、刀を振り上げようとした。
しかし神威の方が素早く、刀を握り締めた。
「な…」
神威の手から血が流れ落ちる。だが刀はしっかり握られていて、ビクともしない。
「真選組を抜けて、俺と来てよ」
「冗談じゃない!春雨なんかに誰が行くか!!」
「春雨、じゃなくて俺のとこだって」
「同じ事だろう!!」
神威の静かな声に、大声で返す。その声を聞きつけたのか、他の隊士が蛍華の名前を呼んで、足音が近付いてくる。
「あちゃー。時間切れか」
闘う意思の無い神威は刀から手を離し、ヒラリと民家の屋根に飛び乗った。
「じゃ、また口説きに行くから。好きだよ、蛍華」
「んな…」
蛍華が言葉に詰まっている内に、神威は去って行った。
「蛍華!一人で行動すんなって言ったろィ?」
数人の隊士を連れた沖田が、神威の去った後を見つめている蛍華に話し掛ける。
「隊長…」
蛍華は沖田に振り返ったが、沖田はキョロキョロを辺りを見回した。
「誰か居たんじゃねェの?」
「あ、もう…どこか行きました」
「言い争ってなかったかィ?」
蛍華は話そうとして口を開いたが、思い直して口を閉じた。
いくら敵でも、口説かれているのは自分だ。プライベートの問題だと考え、話すべきではないと判断する。
「大した事ではないので…」
「ふーん…そうかィ?」
沖田の目は何か疑っていたが、何も聞いてこなかった。
(何か問題になりそうだったら、ちゃんと話そう…)
神威が去った場所を、もう一度だけ視線を向けて、沖田達と屯所へと戻った。
=続=
2009/03/10
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