清々しい朝。

シャッ、とカーテンを引くと気持ちの良い朝日が部屋の中へと入り込み、寝起きの身体に染み渡っていくようだった。


「ん〜…、今日もよく寝た!」


まだ日が昇ったばかりの早朝であるが、仕事柄早起きするのはもう慣れてしまった。
しかも今日は新しく始まるドラマ撮影の初日だ。
コミュ障であると自覚のある私は、こうやって新しく始まるお仕事がある度に毎度緊張して目が冴えてしまうのだが、これはこれで遅刻を防げるのでいいのかもしれない、なんて思ったりして。



その後は、以前お気に入りのパン屋さんで購入した食パンをトースターで焼き、これまたお気に入りのジャムを塗って完成という簡単な朝食をとり、マネージャーであるミチコさんが迎えに来てくれるのを待つ。

撮影初日の今日は普段よりも少し早めに迎えをお願いしているため、朝の身支度を終えるとすぐにミチコさんから到着の連絡が入った。



「おはようございます、ミチコさん!」

「おはよう名前。今日から新ドラマね!」



ミチコさんは、私が事務所からスカウトを受けた時からずっとお世話になってる方で、こうやってたくさんのお仕事を頂けるようになった今でも、新しく撮影が始まる度に嬉しそうにしてくれるのだ。



「人見知りだからちょっとだけ不安です…」

「でも、最初に比べたら少しは良くなってきたんじゃない?」

「それはそうですけど……やっぱり初日はどうしても緊張しちゃいます」

「初めなんてみんなそうよ。落ち着いて普段の名前らしくいればいいのよ」

「うん、…そうだよね。精一杯頑張らなきゃ…!」



ミチコさんからの鼓舞をもらい、俄然やる気が出てきた私はきっとものすごく単純なんだろうけど、それでもやっぱりせっかく頂いたお仕事なんだから全力で取り組まないわけにはいかない。

不安な気持ちを切り替えて、私はミチコさんの運転する車へと乗り込んだ。





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「ヒロインをさせていただきます、苗字名前と申します。至らない点も多いかと思いますが精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」



撮影スタジオに到着し、メインキャストたちが勢揃いしたとある会議室で挨拶兼台本の読み合わせが始まった。


出演キャストをきちんと確認してなかった私は、その挨拶のタイミングで初めて共演する方を知ることになったのだが、顔ぶれを見る限り知ってる人は誰もいなくて。



……どうしよう完全に人見知り発揮してしまう…!


朝から感じていたその不安がぶり返してきそうではあるが、そうも言ってられないのがドラマだ。

どれだけ知らない人でも、初めましての人とその日のうちに手を繋いだりハグをしたりしなくてはいけない場面なんて死ぬほどあるし、場合によっては幼なじみなんて設定があれば距離感を詰めなくてはならないし、ライバル関係なら恨みなんて微塵もないのに睨まなければならない。

こんな不安も最初だけ、そう最初だけだ…!
となんとか自分に言い聞かせて、私はキャストの挨拶をしっかり聞くために姿勢を正した。



「夏油傑です。ドラマ撮影はこれが初めてなので分からないことも多いですが、皆さんの姿から1つでも多くのことを学ばせていただきたいと思います。」



よろしくお願いします。
と、とても落ち着いたテノールが部屋中に響き渡った。


あ、この人知ってる……。
最近幅広い世代から大人気のお笑い芸人、「祓ったれ本舗」の1人だ…!


元々、たくさんの笑いを人々に送ってくれるお笑いという業界が好きな私はもちろんのこと、その端正な顔立ちとモデルさんとも遜色ないスタイル、そして芸人としての実力も群を抜いている彼らは、今では誰に聞いても好きな芸能人トップ3に必ずランクインしているほど人気急上昇中の存在だ。

バラエティなどの様々な番組でその活躍を見る限りでは、「祓ったれ本舗」はあの素晴らしいルックスを持ちえながらトーク力も抜群で、更にはスポーツも万能でおまけに歌もうまいとくれば、テレビ業界も彼らを起用しない手はないだろう。

そうか、ついにドラマの主役をもらえるほどになったのか…なんて、親でもなければ番組で共演したことすらないのにしみじみと感じてしまう。

だって普通、芸人さんが主役を張るドラマ自体珍しいのに、深夜枠でもなくなんならゴールデンの放送時間帯のドラマで主演を張れてしまう夏油さん…。
彼が演技をしているところはまだ拝見したことがないが、彼がハイスペックなのは見るまでもないのできっと演技だってどんどん上達させてしまうのだろう。

実力社会のこの業界で、顔や演技力で売っている俳優さんは5万といる。
その中でも、本職は芸人である夏油さんを起用した監督の勇気と、その決断をさせた夏油さんの存在感に私は一人勝手に感嘆してしまっていた。





「苗字さん、相手役が私で頼りないかもしれないが、よろしく頼むよ」



一人物思いに耽っていた私は、突然かけられた声に驚いて顔を上げるとその目の前に大きな手が差し出されていた。



「あ、っえと、そんな!私こそご迷惑おかけすると思いますが、よろしくお願いします…!」



慌ててその手をとって頭を下げる。
そんな私をみて、夏油さんは世の女性たちを虜にしているであろう穏やかな笑みを零すと繋がった手を緩く握り返してくれた。


……よかった。
人見知りでとても不安に思っていたけれど、一先ず相手役の夏油さんは人当たりも良さそうだし、なによりすごく穏やかそうだ。



この時の私はまだ、彼の笑顔の裏に潜んだ本性なんてもちろん知る由もなかったのだ。







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(おー傑、撮影初日どうだったんだよ)
(悟。別にどうということもないさ)
(あ?相手役の女優気にしてただろ)
(さて、なんのことかな)
((コイツ絶対腹の中ではあくどい事考えてるくせに))
((悟の興味を向けない為に死んでも顔に出さなでおこう))





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