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久野隊?


ぼろっとこぼれた涙を、ハッとしたように優希がぐいぐいと拭う。それから、口をむん、と一文字に結んだ。普段はぼろぼろ泣くくせに。やっぱこいつ、結構プライド高い方だよな。はーやれやれと影浦がやっと決心のついた後輩を前にスマホを取り出す。

「んじゃ、さっそく隊員集めねーとな」

次の申請は、ああ、数日前に申請終わってんのか。じゃあ来月だな。スクロールしながら言葉を続ける影浦に優希はんん?と少し眉を寄せて疑問気な顔をする。それから一拍置いて、「たっ!?」と大声を上げた。

周りの人間がなんだ?とこちらを見たのに気付いて優希は自分の口を手で覆った。それでも驚きを隠せず今度は小さく「た、た、た……っ!?」と繰り返した。

「むむむ、む、むりです、むり」
「おいどうした、さっきまでの威勢は」
「だ、だって……!」

久野がいやいやと首を振る。影浦は「往生際わりーな」と眉を寄せた。

「そ、そ、だ、それ、たたたたいちょ、ってこと、じゃ、」
「当たりめーだろ」
「む、むむむりです……」

がたがたと震えながら、優希は両腕で頭を抱えて身を守りだした。「おいこら、逃げんじゃねぇ」影浦がその腕を引っ掴んで引きはがす。小さい女子が年上の強面にぐいと両腕を引っ張られて伸びている姿は異様だった。

「隊長だろどう考えても。お前作戦絶対立てるし、だからって隊員だったら気ぃ使って作戦言わねーだろ。見なくてもわかるわ」
「そ、そそそ、そんな、そな、こ、こと……」
「……」
「そんなこ……っ」
「ほら言えねぇ」

ばっさりと影浦に切られる。うう……と優希は机に突っ伏した。優希が影浦に嘘をつけるわけがない。どんなに言われたくない事だって。

「た、隊員なんて、あっ集められない」
「募集かけりゃいいだろ」
「や、やり方知らないぃ……」
「おめー誰と会話してんだ」

全部俺が教えれば済む話だろ、という言葉は心強い。大好きだ。でも、それでもやっぱり……と思ってしまう。隊長というのは、なんかこう、もっと隊長! って感じの人がやるものだと思う。優希がそれを言うと、影浦は「俺のどこが隊長って感じなんだよ」と言っていた。

「え……? ぜ、ぜんぶ……です」

優希の言葉に、うそだろ、と影浦が困惑した。普段から凶悪だと言われている自分ですら、優希からすると隊長という感じらしい。

「やさしいし、強いし、隊員とも、仲いいし……一番隊長っぽいです」
「……あーいや、いい。もういい。なんかお前が勘違いしてんのはわかった」

こいつから見たら、自分が一番身近な隊長であることを忘れてた。影浦ははぁ、とため息を吐いた。

「……お前、戦績悪かねーんだろ。隊長はやれる」

個人ランク戦をしたことはないが、噂程度には影浦も知っていた。優希は個人ランク戦には幻レベルで出現しないものの、悪くない戦績を収めているらしい。優希は終始いやいやと首を振っていたが、影浦に褒められてついえ、えへ……と少しにやけた。



あ、あああ……ど、どうしよう……。にやけた隙に「んじゃさっさと資料取り行くぞ」と影浦に首根っこを掴まれ連行されてしまった優希は、きちんと用意されてしまった資料にはわわ……と学校で頭を抱えていた。

あの後照屋にも相談すると「いいじゃない!」と喜ばれてしまったし、唯我にも相談すると「君は親切だし良い隊長になるだろう。まあ僕には及ばないかもしれないが」と太鼓判を押されてしまった。

どどどどどどどうしよう。どこから話が広がったのか「久野隊組むの?」と今期の新隊員を担当した小荒井から良い子いたら紹介するよ! と言われてしまったし、どんどんと外堀が埋まっていっている。すでに周知の事実のような感じになっている。なんでみんなそんなに嬉しそうにしてくれるんだ。いい人すぎる。わたしみたいなのが隊長なんてそんな、夢みたいなことを。

「久野」昼休みにご飯を食べていたら、歌川くんが話しかけてくれた。わっ! と思ったけど、今日は少し揺れるくらいで耐えられた。歌川くんが怖くないというのはもう知っていたから。

「隊作るって本当か?」
「う、う、ううん、い、いや、うん……?」

隊を組みたい気持ちはあるし、でも隊長になる覚悟ができたわけではないし、そもそもそんなやつが隊を組むなんて無理というか、なんというか……頭の中がぐるぐるとして、よくわからない返しをしてしまった。あはは、と歌川くんは優しいので笑ってくれた。

「どうするかはまだわからないって感じか? 久野の隊ができたら、面白そうだけどな」
「お、おもしろ」
「うん。菊地原もそう思うだろ?」

歌川くんは遠くの席の菊地原くんに話しかけた。振り向いた菊地原くんは話に巻き込まないでよ、というのを一切隠さない嫌な顔をした。あ、ご、ごめん……と小さく呟く。そんな声でも、菊地原くんにはちゃんと届く。さらに嫌そうに目を細めた菊地原くんは大きくため息を吐くとこちらの方に来た。

歌川くんの隣に来た菊地原くんは、席に座ったままのわたしをじーっと見下ろした。居心地が悪くて、視線を外してえー……と、と言葉を探した。

「隊組むなら組むで、C級の新隊員もちゃんとチェックしないと無理。ぼーっとしてたらいい奴は全員取られると思いなよ。……じゃ、そんだけ」

それだけ言うと、菊地原くんはくるっと踵を返して自分の席に戻った。歌川くんはそれを苦笑いして見送って、「菊地原も頑張れってさ」と言った。頑張れでは……なかったと思う……。

久野、と歌川くんが改めて名前を呼んだ。えーっと、とさっきのわたしみたいに言葉を探す歌川くんになんだろうと思う。「久野がどうしたいかが一番大事だと思う」という前提をしたうえで、やっぱり久野の隊は面白いと思うと続けた。

「少なくともオレは、久野の隊と戦ってみたいと思うよ。そう思ってるやつはきっとたくさんいる。隊の話したとき、他の奴らも楽しそうにしたんじゃないか?」

その言葉に、みんなに話したときのことを思い出した。みんな、わたしが隊の話をしたときに喜んでくれた。いい人だなぁって思ったけれど、もしかしたら少しくらい楽しみにしてくれたのだろうか。わたしの表情を見て、「心当たりあるんだな」と歌川くんも嬉しそうにしてくれた。

「多分久野が思っている以上に、みんな待ってるぞ」

そう言われて頭に浮かんだのは、全部教えてやると言ってくれた影浦先輩の姿だった。基本的に影浦先輩は面倒事が嫌いだ。とても優しいけれど、よくなにかについて面倒くさいと言っている。そんな影浦先輩が、自分からあそこまで言ってくれたことはなかった。

もしかしたら先輩も、少しは楽しみにしてくれているのだろうか。わたしが、隊長になること。わたしが隊長として、影浦先輩の隊と戦う未来のこと。こんな思い上がりしちゃいけないんだろうけれど、視界がきらきらとしてしまう。まるで、ボーダーを知ったときに感じたようなわくわく感が、あった。