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決意


ぽきっ。ノートの上を走っていたシャーペンの芯が折れる。あ、と思わず口が開いた。

時計を見るともう寝ないといけない時間だった。もう少しだけ、もう少しだけを繰り返してしまったせいだ。明日は早起きして学校の予習をしないと。でも、もう少しだけ……そう思いページをめくると、もう最後のページだった。また新しいノートをおろさなければ。

背もたれに身を任せる。天井を見上げて伸びをした。キィーと椅子が悲鳴をあげる。それから、ノートを棚に並べようとした。棚には、何冊ものノートがあった。毎日書き溜めてきたノートが並ぶそこを、少し口を突き出したまま見た。もう、こんなに書いたんだなぁ。そう思うのに、感じるのは達成感よりも不甲斐なさだけだった。

「……」

一つを手に取る。ぱらぱらとめくるノートには開いた跡がたくさんついている。勉強の基本は予習復習だ。何度も書いて、何度も読み返した。自己分析は練習の基盤だから、周りの隊員だけじゃなく自分の分析だってずっとやっている。やっていて、今、わたしは多分、壁に当たっていた。



「わたし、これ以上強くなれない気がします……」
「あ?」

いつものラウンジ。優希を見つけた影浦はどかっと向かいの席に座った。優希が少し近況を話すと、なにかを感じ取ったのか「ひでー顔だな」と言われてしまった。多分、サイドエフェクトとかじゃなくて、普通に顔に出ていた。

思い切って打ち明けると、影浦からはそんな返事が返ってきた。影浦はしばらくしけた顔をした優希を見てから、はん、と笑った。

「なんだお前、もうスランプか」
「スランプ、と、いいますか……げ、現実的に……」
「……ふーん?」

最近の自分の能力の伸びが悪いというのは、数カ月前から思っていたことだった。自分の能力値をまとめたノートのグラフは、伸びるスピードが緩やかに遅くなり、ついに全く伸びなくなった。トリオン能力は向上している。それは測定値からわかっている。ただ、全体的なスキルアップには、今一つ決め手に欠いていた。

特に、個人ランク戦。対人との成長が、自分には足りていないと感じていた。戦績が悪いという話ではない。個人ランク戦をしては、欠点を見つけて改善し、また戦う。それを繰り返していた自分は、周りとの明らかな差を目の当たりにした。自分が1つ2つを改善している間に、周りはさらに問題点を発見し、能力を伸ばしているのだ。それに気づいた。

気付いているくせに、成長できていない。

「お前、ほんとはどうしたらいいかわかってんじゃねーのか?」

頬杖をついたまま、影浦が言う。わ、わたしがもうわかってる……? 優希が首をかしげると、「無自覚に感づいてんじゃねーのって言ってんだよ」と言われた。

「そ、そんな。だ、だって、もう、やれることは、だいたいやった、のに」
「……そうか?」

影浦にはちくりと刺さっていた。優希からの色んな感情の中にある、逃げたい、言われたくないという感情が。優希の顔が下がっていく。視線を外したままの後輩におい、と追い打ちをかける。「はい……」と落ち込みながら律儀に後輩が返事をする。話しながらどんどん自覚ができてきたのか、感情が強くなっていく。

「すげー刺さってるけど、言っていいのか?」
「……だ、だだ、だ、」
「……」
「だ……」

だめです、という言葉が出てこないのか小さくだだだだ言うそいつにため息をついた。核心突かれたくねーなら、俺に言わなきゃいいのに。いや、まあ、言う相手も少ねぇんだろうけど。影浦は心の中で思った。

「……隊、組んでねぇだろ」

一番、みんながやってること。他の努力はあらかたやった、それでも、まだやってないこと。言われた優希は、泣きそうな顔をしたが、それでも泣かなかったのはなけなしのプライドなのか。これの件については泣いてはいけないと思ったのか。

「…………組んで、な、です……」と鼻声で言われる。ああなるほど。他に仲良さそうな奴に相談しなかったのは、きっとこいつもわかってたからだ。自分に足りないこと、やってないこと。それを見逃してればずっと、先には進めないということ。本当はそれを、容赦なく人に指摘されたかったんだ。

「なんで隊組むのが必要なのか、自分であらかたわかってんだろ」

ずっ、と優希が鼻をすすった。

「……わたしの戦い方は、戦略です。個人、ランク戦も、です」
「だから、それも、全部相手を調べて、戦います」
「でもそれは、知ってる動きを、知ってる内容を、ただこなしてるだけ。知ってるから、できて当然なんです」

影浦は、優希がひとつひとつ言葉を発するのを黙って待った。別に、そんなことはないだろうと思った。知ってることができるのも、そこそこすごい。しかし今はそれを指摘せずに「そうか」とただ頷いた。

「集団の、ランク戦は、建物が変わって、天気も、人数も、戦略も、面子で変わります。適応力が、問われます」
「個人ランク戦では、学べない点です」

ずずっと鼻をまたすする。

「わたしたちは、隊員だから。役に立つのは、集団で動ける人なんです。知ってて、ずっと、見ないふりして」
「わかった」

自己分析から自責に代わりそうなところで制止した。そこまでわかっていれば、十分だ。

「それでお前は、どうしてーんだ」

影浦の言葉に、優希は唇を噛みしめて影浦を見た。瞳をたくさんの涙が覆っていて、ぎらぎらと光る。まっすぐに、強く、影浦を見ていた。

「わ、わたしも、みんなの役に立ちたいです……!」

ついに堪えきれずにこぼれた涙は、ま、セーフでいいだろう。