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面倒見のいい犬飼先輩

「辻くんに避けられている気がする」

ラウンジにて、偶々一緒になった犬飼は名前の話を聞き苦笑いした。

「なんかあった?」
「見かけたらさっと顔を隠されたり、話しかけようとしたら誰かの背後に隠れて気付いたらいなくなってる、とか?」
「あーらら……」

辻の女性への耐性の低さを改めて認識した。普段は隊の女の子とあまり話さない程度なため忘れていたが、辻は女子と目も合わせられないようなうぶ少年だ。

名前はずうんと少し重たい雰囲気をかもしており、後輩に嫌われているかもという事実が大変堪えているようだった。「何故なの……何故なの辻くん……」とうわ言のように言う名前は、適当さも相まってか後輩から気軽に声をかけられる先輩として有名である。逆に不真面目だからと彼女を嫌う後輩も、一応話しかければ返事くらいはしてくれる。

しかし、相手は辻。女性と目を合わせるどころか会話もままならない辻。以前ガールズチームである加古隊と当たったとき本当に何の仕事もできずに落とされていたのを見て「こりゃやばいな」と若干犬飼を引かせた辻である。名前が辻を構おうとしているのは他人目から見ても明らかなので、そりゃ避けるわなと犬飼は心の中で辻の気持ちを理解した。

だが、ここでぺらぺら言うのも少し気が引けた。コミュ力が高い、すなわちボーダー随一空気の読める男(たまにわざと読まないときもあるが)である犬飼はここで辻の女性耐性の低さを暴露するとのちのち辻に怒られそうだと察知した。

「まあ、辻ちゃん真面目だから名字が嫌いなんじゃない?」

辻に怒られるよりは単純な名前がへこむほうが楽だなと判断して傷口に塩を塗り込むと、机に突っ伏して動かなくなった。ただしつんつんとお菓子の箱でつつくと奪い取って食べ始めたのでなんか面白かった。


▽▼▽


「最近、名字さんが怖いです」

作戦室にて、今度は辻からの相談を受けた犬飼は少しだけ間を空けてから「……そうなんだー」と言った。あれ、なんで俺二人から相談受けてるんだろう面倒くさい。心の中でそう思いながら話の続きを聞いた。

「こないだから、その……俺を見かけると声をかけようとしてくださるんですが、それを回避するのも限界と言いますか」

こないだ、というのは多分彼女が二宮隊に出入りするようになってからのことだろう。それもとうに3ヵ月以上前の話で、3ヵ月も挨拶シカトされてたらそりゃあいつも暗くなるわと今度は名前の気持ちに同意した。

「回避しないで返事してあげたらいいじゃん」と言うと、無理だと首を必死に横に振られた。姉たちから絶大なコミュ力を育て上げられた犬飼には心底その感覚がわからなかった。

「大体さぁ、名字のどこに緊張する部分があるの?」

犬飼の脳内検索ランキングで「バカ」と入力すると上位にヒットするのが名前である。そんな人物を女子と区分して緊張してあげるなんて、逆に辻は優しいんじゃないだろうかとさえ思った。辻はしばらく顎に手をあてて考えると、「女性ですし」と言った。

「いやだから、それは粘土の固さによるじゃないですか」
「あれくらいの大きさならできるという話だ」

話の途中で、この後訓練室を使う予定の名前と二宮が入って来た。前に名前は「さすがに毎回作戦室にお邪魔するのはあれじゃない?」と言っていたが、犬飼が名前が来ると二宮が面白いからという理由で許可していた。

あの時、辻も特に文句を言わなかったので別に名前が嫌いというわけではなさそうだった。女子という点のみが引っかかるにしても、性別を変えるくらいじゃないとそれはもう解決ができない問題だった。

二人は何かについて話しており、「でも粘土で撲殺は無理じゃないですかね」と名前が言いこの人らなんの話をしてるんだと思った。それが視線でわかったのか、「さっき見たドラマの続きについて少々」と言われた。え、一緒にドラマ見てたの?あんたら本当は仲良しだろ。

「そういやドラマで刑事が踊ってたこの踊りってなんでしたっけ」
「突然踊るな鬱陶しい」
「いやー名前なんだったっけと思って」

「ソーラン節だろ」と言った二宮に「ソーラン節ってかつお節みたいですよね」と名前が言っていた。それ節だけだろ、と犬飼が口に出さずにツッコむと、「それ節だけだろ」と二宮が名前に返した。思わぬところで隊長とリンクしてしまった。粘土で撲殺して刑事がソーラン節を踊るドラマってどういう趣旨のドラマなんだろうか。

そのとき、横にいた辻が上品にも口に手を当てて笑った。あまりにも会話が変だからかなと思っていると、視線が合った辻が「いや……幼稚園児の姪も突然踊ったりしてたなと思って」と言った。幼児と同レベルの同級生に少し心を痛めた。

「その子とは普通に話せるんだ?」

「さすがに幼稚園児ですから」と言われた犬飼はふむ、と顎に手を添えてとあることを思いついた。「辻ちゃんあのさぁ……」と続けて言った言葉に、辻は目を見開いた。







「辻くんが話してくれた」

ぽやぽやとした顔で嬉しそうに報告する名前に「そうなんだ」と犬飼が返事をした。

「たださぁ、私に何故か飴とか買ってくれようとするんだよね。どうしたんだろ」
「……さあー」
「まあ美味しいけどね」

貰ったのかよ。「辻くんはどら焼きが好きなんだって。バターの」と話せて嬉しいのか辻の好物を教えてきた。犬飼はすでに知っていた情報だったが、空気が読めるので「へー」と言ってあげた。

犬飼があの時辻にしたアドバイスは「名字のこと、幼稚園児と思えば?」というものだった。言われたときの辻の顔を見た犬飼は、「はっとした」ってこういう顔なんだろうなと思った。

そのとき、丁度話題だった辻が来た。名前は辻が来た方向に顔を向けていたため、名前の姿を見つけても逃げなかったということかと気付いた犬飼は確かに二人の進歩を感じた。

「……どうしたんですか犬飼先輩」

にやにやと見ていた犬飼に辻が尋ねる。「二人とも成長したねぇ」と回答にならない言葉をもらった二人は疑問気に首を傾げていた。


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