▼ 急げばまだ間に合う
玉狛支部に来た名前は、見たことのない3人がいることに首を傾げた。
「来たわね名前。うちの新入りよ」
ふふんと得意げに言う小南に名前が「一気に増えたね」と笑う。女子1名、男子2名。全員中学生くらいに見えるため、小南は年下が増えて嬉しいのだろう。
「そういや小南ちゃん。今日はフルーツタルトだよ」
「本当!? やった!!」
フルーツタルトは小南の好物だった。名前はお菓子を作ることが好きなため、向かう先でいつも菓子を手土産にしていた。特に玉狛支部には子供が一人いるためよく来てはお菓子を置いて行っている。
「あんまりお菓子あげすぎるとレイジさんに怒られるから内緒ね」
「……俺の目の前でその話をするか?」
「あっレイジさん、大きすぎて壁かと思いましたよ。こないだ私を追い返したレイジさんにタルトはありませんよ」
「別にいい」
三雲はあれ?と何かに引っかかる。なんだか、その名をどこかで聞いた気がする。というか、今日聞いた気がする。
「大体、こないだはお前。テスト期間だったろ」
「テスト前に本部の人全員から勉強しろって言われた傷心の私を追い返した罪は重いですよ。オムライス食べたいです」
「はいはい……」
「……修くん? どうしたの?」
「名前さんって……」
“城戸さん派の、黒トリガー持ちだよ”確か、そうだ。迅から聞いた名だったはずだ。
「あ、迅さんおかえり」
「おー名前。来てたのか」
「じ、迅さん。名前さんって、あの」
「ん? おお。あの名前だけど」
三雲の驚いた顔に、にやりと名前の説明をしたときのように嬉しそうに迅が笑った。
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「いやだって嘘は言ってねぇーもん」
「ああ、どうりで途中から深刻そうな顔で私見てたわけだ」
城戸司令の派閥と玉狛支部は仲が悪いというのは、ついこないだ迅に聞いたばかりだったのでてっきりあの会話も嵐の前の静けさかと勘違いしていた三雲は、実は迅に遊ばれていただけだったらしい。
にこにこと嬉しそうにしている迅に「そんなんだから三輪くんに嫌われるんだよ」と名前が言い、「それお前もだろ」と迅も返す。
「まあ城戸さん派って言っても? 形だけっていうか? 城戸さんがお父さんってだけっていうか?」
「…………え」
城戸司令がお父さん……? と赤ん坊になった名前を城戸司令が抱いている姿をイメージしてしまい、何とも言えない気持ちになった。
三雲の考えが読めたのか、迅と名前が同時に吹き出した。
「ああ、ごめん。別に血は繋がってないの。保護者、みたいな?」
「そ、そうなんですか……」
聞いてはいけないことを聞いてしまったかと反省してすぐに名前が「城戸さんを一度パパって呼んですごい嫌な顔されたこともあったなぁ」と言いながら笑っているのを見て、名前さんのメンタルの強さ的にそれはないなと三雲は思った。
▽▼▽
「名前」
玉狛を後にし、本部に戻ろうとしていた名前に声をかける。名前はこちらに来てからずっと本部に住んでいた。
「どうしたの? 送ってくれるの?」
「ああ」
「えっ本当に?」
「珍しいこともあるもんだね」と名前が嬉しそうに笑う。暗い夜道を一人で歩くことに対する恐怖があって喜んでいるわけではなさそうで、少し心配になった。
「空閑くん、いい子だったね」
「そうだな」
「私、あの子好きだな」
「じゃあ、仲良くしてやってくれな」
多分、一番近い境遇なんだろうな、そう思った。遊真と名前はこの場に置いて異端だった。それを知るのは迅と名前自身、それから城戸くらいなものだった。
「遊真が近界民ってのは、誰から聞いたんだ? 秀次……はないか、米屋か」
「当たり。米屋くんさ、こないだ面白いカチューシャ付けてたんだよ」
「カチューシャ?」
迅は米屋がいつも付けているカチューシャを思い出す。前髪が邪魔なのか常にカチューシャでまとめている。
「そうそう。ちょっと待って、写真撮ったんだよね」
名前が携帯をいじり写真を探す。迅はその姿を見て少し微笑んで「名前」と優しく名を呼んだ。
「何?」
そう言って顔を上げた名前に対し、迅は自分が彼女を追って来た本当の要件を伝えた。
「_______」
それを聞いた彼女は一瞬だけ驚いた顔になった。多分、迅が彼女にとって都合のよい行動を取ったからだろう。
まだだ。まだ彼女にはここに居てもらう。まだ、俺が、どうにか未来を変えるまで、どうか。
(急げばまだ間に合う 間に合わせてみせる)
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