▼ 下手くそなワルツを
「……それで」
「ん?」
「どうするつもりだ」
偉そうに、捕虜である男が言った。ふてぶてしいその態度に、名前は「主語を言えよ」と心の中で毒づいた。
「んー……まず一番いいルートが、ボーダーの遠征に混ざるルート」
ヒュースは取引に応じた。が、「奴の情報は俺が帰れる目途が立ってからだ」と言いだした。
確かにこのままぺらぺらとヒュースが話せばある程度聞いたところで「はいありがとう」とそこで取引としての彼の価値が死んでしまう。それくらいの対応はされるだろうと予想はしていた。
「それは難しいだろう」
「どうだろ。まあ本部の情報力によるけど、道先案内人として君を連れて行くのはありだと思う」
「安全性も一番高い」と付け加えて提案した。
パチ。
「他には?」
「他には……そうだな、門に単身突っ込んでうまくアフトに行けることを願うとか?」
「真面目に考えろ」
パチ。
「超真面目だよ。さっきから人に聞いてばっかだけど自分は何か案ないの?」
「人に聞いてばっかじゃちゃんとした大人になれないよ」と名前がまるで口うるさい母親のように言う。ヒュースは少しだけむっとした。
案が、ないことはなかった。しかしそれを目の前の女に話していいのか、ヒュースは考えていた。
近々、自国の属国が玄界に近付く。それが現時点でのヒュースにとって一番大きな可能性だった。
「なに黙ってんのさ」
先ほどから名前のヒュースに対しての対応は少々刺があった。基本的に名前は年下には甘いのだが、それはやはり彼らが攻めてきたことにより怪我をした者や死んだ者がいるためだろう。
パチ。
「……それより一つ聞くが」
ヒュースは話を変えた。自分がそのことを話すことはさておき、とりあえず気になることが一つあった。
「なに」
「……これは、本当に玄界の会議体勢なのか?」
オセロの石片手にヒュースが聞いた。その視線の先の“これ”とは、着々とゲームが展開されているオセロ盤のことだった。
「なにを当たり前な事を。昔から洋画の作戦会議ではチェスが、大河ドラマでは囲碁って相場が決まってるでしょ?」
「作戦会議にはボードゲームが付き物なのよ?」と疑ったヒュースに目の前の女がやれやれと溜め息を吐く。そのことにまたヒュースはむっとした。
ヒュースから見て、これは遊びの道具のように思えていた。しかし、こちらの世界では大切な行いらしく、「会議するならオセロしないと」と彼女がせっせとセッティングしてしまったのだ。
なるほど。どうやらこの“おせろ”というもので集中力を高め玄界の民は作戦を立てているのだな。これを使いアフトクラトルの戦力に勝ち越したのか。と、ヒュースは見当違いな納得をした。
二人の間にはオセロ盤と仲良く並んだ二人分のジュースだけで、側から見れば休日を友人と過ごす高校生に見える。
「お、やったー」
「……?」
「角いただき」
「角……? ……!」
ヒュースが戦況を理解したころには、盤の上が白から黒に塗り替えられてしまっていた。
オセロでは角を取った方が有利、という初心者にも容赦ない名前の戦法により、先ほどまで勝ち越していたヒュースは一瞬にして敗北した。
「案外弱いね。アフトにはゲームを嗜む余裕なんてなかった?」
「……ふざけるなもう一回だ」
自国を貶されヒュースが静かにそう言った。実は先ほどもこのような会話がされており、次で第3ラウンドに突入する。
2回目だというのに都合よく煽りに乗ってきたのを見て名前は気付いた。「あ、これいじられやすいタイプだ」と。
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「ああ、もうこんな時間か。ご飯できてるだろうし、戻ろ」
言い方的に、まさかこれは暇潰しでやっていたんじゃないだろうなとヒュースは掴めない女を睨んだ。
結局3回勝負をし、ヒュースは3対0で負けた。勝ち逃げされるのは気に食わずつい待てと言いそうになったが、それでは自分がこの遊びに興じたいように思えてくっと堪えた。
「……?」
戻る、と言ったわりに部屋から出ていかない女にヒュースが不審に思っていると、女が振り返った。
「まあ、何だろうね」
「……なんだ」
「私もあなたも、ここでは余所者。ここでのことは二人の秘密ってことで、これからもよろしく」
すっと差し出された手に一瞬目を見開いたヒュースだが、すぐにぐ、と目を細めた。
「…………誰がよろしくなどするか。貴様が一番信用ならん」
ぱしんと掌を叩かれ、名前が満足そうに笑った。
(下手くそなワルツを おい、いま足踏んだな)
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