▼ ドーナツの穴から見る
「奴の身柄はこちらで預かる」そう申し出た城戸に、視えていた事とはいえ迅は少しだけどうしようかと迷った。そのほうが疑われずスムーズにことが運ぶが、彼女には玉狛で平和に過ごしてほしいという気持ちもあった。
(どうしてそんなにしんせつなの?)
自分と齢も変わらないのに、ずいぶんと小柄な少女が聞いて来た。もっともな質問だと思った。迅だって、事情を知らなければ聞きたくなるところだ。
「……わかった」
言えるはずもない。君の未来が視えたからだなんて。
彼女が自分たちと楽しそうに過ごしている姿。彼女が学校に通う姿。平和なものが数多く見えた中で、一番色濃く、そして鮮明に見えてしまったその姿。
(なあ、どうして君は)
どうして、自ら命を絶ってしまうんだろう。
▽▼▽
「名前、あんたもう来てたの?」
名前が地下の部屋からヒュースと共にリビングに出た。彼は部屋から出ることを渋っており、「部屋で食べる」と言ったが「捕虜のくせに持ってきてもらってんのかお前は」と引きこもりを部屋から連れ出すように名前が引っ張って来た。
レイジと小南は学校から帰って来ていたようで、烏丸はバイトからまだ戻っていないらしい。
「そうそう。みんないないから時間余っちゃって、オセロ教えてたの。にしても愛想悪いねこの子」
「でしょー? 捕虜のくせに態度でかいのよ」
仲良さげに二人が笑いながらヒュースを見た。ヒュースは先ほどまで自分に取引を持ちかけていたその時とのギャップに少し驚く。本来名前は、こうしてへらへらしているほうが素なのだ。
本日のメニューは小南特製のカレーライス。レイジはみんなの分の皿を出しており、小南はカレーをよそうためキッチンに引っ込んだ。
「……先ほどと態度が違わないか」
「お黙り」
ヒュースと小さく言葉を交わし席に着く。まだ三雲たちは帰ってきていないらしい。
「名前、きてたのか!」
「陽太郎どこにいたの?」
「雷神丸とパトロールにいっていた!」
「元気だねー」と適当に返事すると「なにかもってきたのか!?」と膝に乗られた。相変わらずお菓子が好きな子だ。
「今日はドーナツ作って来たからデザートに食べようよ」
「ドーナツ!!」
「多めに作って来たから三雲くんたちの分もちゃんと残しといてよ?」
「わかっている!」と元気に頷いた陽太郎に目を細めて名前が頭を撫でる。細くて短い髪の毛はツンツンと逆立っているが、触った感触は柔らかかった。
「ドーナツ……?」
隣に座っていたヒュースが僅かに首を傾げた。
「知らない? 円形で真ん中に穴が開いてるお菓子」
「……」
黙っているところを見ると、知らないのだろう。アフトクラトルの文化がどのようなものかはわからないが、お菓子のようなものはあるのだろうか。
「おい、今は先に飯だ」
レイジの太腕によって陽太郎が椅子に運ばれる。カレーライスのスパイスの効いた香りが食欲をそそった。
・
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「……!!」
ドーナツを口にしたヒュースはわずかに目を見開いた。
「……美味しい?」
「……」
こちらの声が聞こえていないかのように返事は返ってこない。しかし代わりにハグッとドーナツを頬張る声が返って来た。
「意外とお菓子とか食べるんだね」
「こいつにはおれがいろいろとわけてやったからな」
「陽太郎が?」
陽太郎が自分の分のお菓子をあげるとは珍しい。優しいねぇと感心していると「違うわよ、多めに買って来てんの」と小南が口を挟んだ。
「まあ、美味しいならよかった」
「……これは、お前が作ったのか」
「そうだけど?」
「そうか」
それだけ確認すると、ヒュースはまたハグッとドーナツを頬張る。また何か作って来ようかな、と名前はその姿を見て少しだけ笑った。
今度こそきっと大丈夫。そう心の中で呟いて、甘いドーナツをハグッと頬張った。
(ドーナツの穴から見る わたしの未来はきっと幸せ)
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