▼ 昼の街は静か
大規模侵攻でレプリカが敵船に置いていかれたということは、宇佐美から聞いた話だった。空閑に頼まれレプリカの生存を調べていたという彼女は、「遊真くん大丈夫かな」と心配そうに話していた。
三雲が目覚めて、記者会見が終わった次の日のこと。医師からの勧めで、大事を取り三雲はもう1日だけ入院していた。退院してからもしばらくは松葉杖が必要な状態らしく、傷の重さがうかがえた。
「名前さん」
「おお、空閑くん」
三雲の見舞いに来ていたのであろう空閑と病院の待合室で会う。先ほど名前も見舞いに来て、少し疲れたためここで休憩を取っていた。
「三雲くん目覚めてよかったね」
「そうだな」
「目覚めてすぐにああいうことになるとは思ってもいなかったけど」
昨日の記者会見を思い出して名前が笑うと、空閑は「唐沢さんに連れて行ってもらったんだ」と話した。
「唐沢さんが。へえ、珍しい」
「そうなのか?」
「いつも裏工作みたいなことしてる人だと思ってた」
任務で上層部と関わることも多いため唐沢と会う事も少なくはないが、彼はいつも少し遠目で物事を眺めているようなタイプだった。それがわざわざ今回の一件を三雲に教えたのか、と名前は少し唐沢を意外に思った。
「名前さんは今日は任務ないのか?」
「ないよ」
「じゃあ、少し付き合ってくれないか?」
空閑の誘いに、何だろうと思いながらも名前が頷いた。
▽▼▽
「よし、そのままそのまま」
「うむ。結構乗れるようになってきた……どわっ!」
「あーおしい」
付き合ってくれと言われた内容は、自転車の練習だった。彼は自転車というものをこっちに来て初めて見たらしく、こうして偶に練習をしているらしい。
これでも結構な距離を走れるようになったようだが、道を曲がることがどうにも苦手らしくそこが大きなネックになっていた。
「名前さんは自転車に乗れるのか?」
「ま、多少は。最近はあんまり乗ってないかな」
三門市から出ることも、そもそも本部と学校付近のみで生活している名前にとって、自転車は不要なものだった。よって所有はしておらず、ここ最近はあまり乗っていない。
「ふむ……やはりみんな乗れるのか。近界にはこういうものは無かったな」
「トリガー技術の世界みたいだしね。科学はあまり発達してないんじゃない?」
「科学?」
「え? えー……なんというか、この世の摂理、みたいな?」
成績では最近こちらにやって来た空閑とどっこいな名前が首を傾げながら答える。空閑も同じどっこい成績なのでふむ?と二人で首を傾げるばかりだった。
「そういやこっちの世界のこと、誰に教えて貰ってるの?」
「三雲くん?」と興味本位で名前が聞くと「ああ。それから、レプリカ」と空閑が教えてくれた。と同時に、名前はしまったと思った。
「レプリカのこと、しおりちゃんから聞いたんだろ?」
気にもしてなさそうに空閑が言う。
「……でも、死んでないんでしょ?」
レプリカが去ったことと同時に、宇佐美が言っていた。レプリカが作った分身がまだ空閑の手元にあることから、彼自身がまだ消えていないと推測できると。彼女が連日調べて出した結論なので、きっとそれは真実だ。
「ああ。だから、遠征に行く理由が増えた」
空閑が空を見上げながら言った。その目の先にあるのは空ではなく、きっと今まで一緒にいたお目付け役だった。
「そっか」
名前も空閑と同じように空を見た。その日は空が青々と澄んでいて、雲は一つも見当たらなかった。
「きっと会えるよ」
そう言った名前に、空閑も「ああ」と返した。その後二人の間に会話はなく、ただ隣に座って青い空を眺めた。
(昼の街は静か 泣きもしないで静かなものだ)
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